根津には泊まらずに茗荷谷に帰ったのさ。木曜日だったので、顔見せにと思って行ったのさ。2年ぶりに中華でも奢ろうと思ったんだ。まさか巣鴨の定食屋に行くとは思わなかったのさ。


   「 可笑しな人たちね。撚りにも拠って、野菜市場の人たちの行く食堂に行ってたなんて。」

   「 判って挙げて欲しいのさ。神田市場がまだ頭から離れないんだよ。何しろ女衒の恐ろしさを言い過ぎた嫌いも有ったのさ。僕の本心は、楠さんがその場限りのお情けを見せたのを責めたかったのさ。

         青森同郷のよしみからとは言え、後先も考えずに12歳の娘たちを背負いこんだ無謀を責めたかったんだ。言ったってもう、連れて来ちゃったんだからショウが無いでしょう。一人だったら何とでも成るさ。10人の中にはまだ子供っぽさも残ってる霞も居たのさ。

    僕に出来るのはアーするより無かったんだ。」


   「 それにしても神田市場でってのは拙かったでしょう。東京都営の公設市場でしょう。良く半年も隠れて出来たのね。」

   「 其の裏の事情も知っといて欲しいのさ。神田市場を乗っ取って、殆んど畑から盗んで来た野菜を捌いてたのさ。真夜中に三輪トラックで土が着いたままの野菜を運び込んで来てたのさ。其れを朝までに洗って売り物にするのが僕の役目だったのさ。

          東京都営の公設市場って言うけど、

都の計画では千葉からの野菜の集積所にする心算だったのさ。千葉から来てた鉄道の総武線は、秋葉原が終点だったんだ。今ではお茶の水に繋がってるけど、当時は旅籠町に工事現場を作って中央線と結ぶ途中だったんだ。

    だから千葉から運んで来た野菜は全部両国で下しちゃったのさ。神田市場は御用済みにされてたのを、青森会の八百屋さんが乗っ取ったって事だったのさ。」


   「 其れで青森との繋がりが有ったのね。良く其処に目を付けてのね。」

   「 仕方が無かったんだよ。最初は其んな心算じゃ無かったんだ。何しろ履いてた運動靴は穴が開いてたでしょう。着てるのって小母さんのズロースで、下り物で臭いのを其のままでしょう。だから神保町のすずらん通りで着替えを調達したのだよ。神保町って明治大学のテリトリーだったのさ。明治の相撲部と柔道部とラグビー部を仕切ってたのが

         大澤徳条って学生与太の親分だったのさ。徳条さんが娘たちに5000万円の懸賞が懸かってるって教えて呉れたんだ。もうドウ仕様も無いでしょう。青森会に隠れるしか無かったのさ。現実を叩き込むのに3ヵ月懸かったんだよ。オーストラリアスクールのバスを使ってね。

    流石に楠さんは御徒町で働いてたから、市場の外に出たらイチコロなのを知ってたんだね。だから夜遅くまで市場から出さなかったのさ。」


   「 其んな事が有ったなんて、教えといて呉れれば良かったのに。」

   「 僕だってまだ残ってるとは思わなかったのさ。触れないで済めば其れに越したことは無いって思ってたんだ。巣鴨のヤッチャ場の定食食堂に来てたとは思わなかったのさ。娘たちの心の隅には、まだ神田市場が残ってたんだね。伊勢湾台風で市場も鉄道の資材置き場もそっくり流されちゃったんだよ。想い出したら総武線の延長工事の人たちが集まる屋台が出てたんだ。

         マリーも知ってると思うけど、当時の東京の食堂って言ったら、日本蕎麦と中華料理とラーメンを売ってた定食屋位しか無かったのさ。

    娘たちは市場の外に出さない様にしてたけど、旅籠町の屋台は見てたんだね。だから巣鴨の定食屋が頭の隅の絡まってたと思うのさ。」


    「 忘れられ無かったのね。判る所も有るのよ。アボリジニの奴隷にされて居たのは忘れられないのよ。でも触れて貰いたくは無いのね。功で救われてるけど―――――」

    「 済まないって言ってるでしょう。何とでもして償うけど、娘たちはさらにひどい仕打ちの半年だったのだよ。霞が好い例なんだ。中には悲鳴を上げて、カーテン越しに両隣の娘たちが助けに向かってた時も有ったのだよ。ボスが出来てた男だったから即日出入りさせない様にはしてたんだ。僕も知ってたんだよ。お股のフェラでは満足し無いで、口に突っ込まれたり中にはアヌスから血が流れてた娘も居たんだよ。

         マリーには言っとくよ。退治したのは霞のストーカー野郎だけでは無かったんだ。忘れられないのは娘たちだけでは無いんだよ。2年離れて居たらお互いの軋轢は消えると思ってたんだ。

    甘かったね。とても忘れて済む神田市場では無かったのさ。楠さんを特別だって言うのは、悲鳴を揚げた娘の代わりに成ってアヌスで男を満足させて居た時も有ったのだよ。

    済まない、娘もそうだけど楠さんは一生面倒を見なければ―――――」

    その先は言わせなかったよ。マリーも同じにされてたって―――男ってケダモノなんだよ。