「 困ったな。幾らなんでも1910年の東大卒を娘に教える訳には行かないだろう。」

   「 あら、例えばって言いましたのよ。娘はスペインの女性として育てるのでしょう。此れからだって日本語を捨てれば、イヤでもスペイン語で暮らさなければ成らないでしょう。二人とも娘に併せてスペイン人の暮らしに成れば好いのでしょう。

         もう、レイ・ファン・カルロスで暮してるのですもの。今急に、日本から飛んで来ようとするのでは無いのですのね。娘がスペイン語を知るのは2年と8カ月先なんですのよ。其れまで日本を忘れれば好いのよ。

   其れでしたら出来るでしょう。」


   「 待って呉れよ。娘の為なら日本を捨てる位軽い物さ。だが大学はドウするのだ。」

   「 決まってるでしょう。可笑しなお人ね。28年を逆送すれば好いのよ。私を捕まえたのは8年前の柳橋とするから混乱するのよ。2年前のトレヴィは生かしましょう。其処から二人の逆送が始まると想えば好いのよ。」

   「 おいおい、簡単に言って呉れるね。じゃあ、高輪はドウするのだ。お前の聖心だって生かすのには何かとヤヤコシイだろう。」

   「 まあ好いとしましょう。

         ホントを言うと貴男は過ぎ去った過去の何処まで捕まって居るのかしら。ご両親の其の又先の昔のご先祖様まで、貴男の人生の中に生かして置くお積もりかしら。お母様の記憶は無いって言うのでしたら、其処から昔はプッツンなんでしょう。其れがお出来に成るのでしたら、トレヴィから前もプッツンすれば好いのでしょう。

   お腹の子が産まれてから2年位は、言葉も知恵も要らないのでしょう。ゆっくり27年の歴史を作れば好いのよ。歴史は既にお持ちなんでしょう。ご都合の悪い事はお忘れなんでしょうから、同じやり方で細切れの過去を娘の為に繋ぎ合わせば好いのでしょう。珠樹は決めてますのよ。両親と別れたのは5歳にしとくのよ。其れまでの記憶は曖昧なんですから、娘に応えられる様な5歳にすれば好いのでしょう。父も母も娘が納得するパーツだけを繋ぎ合わせて、心にしっかりお収めて置けば好いのよ。お医者さんと看護婦は5歳の記憶まで残して置いて、娘が5歳に成ったらチャンと立派な母親と父親が残る様に、娘がドンナ両親を望んで居るのかにすれば良いのよ。ねっ、楽しい回顧を作りましょうよ。」

         ご免なさい。此れこそフィクションなんですのよ。28歳の90キロが珠樹のお腹の中で生きて居るのですのよ。其処から逆走して、娘の幸せに成る父と母の記憶を拾い集めて置いても好いでしょう。誰れに相談なんか要りませんのね。彼と珠樹で寝物語に記憶を辿っても、許されるのじゃ無いかしら。 


   「 私の25年と貴男の28年は出来ちゃってるのよ。無い物を作るのではないでしょう。少しは繋がらない空白が有っても、細切れの思い出を娘が納得する様に繋げれば好いのでしょう。

         28年を68年に作ろうとすれば無理が有りますでしょう。68年を好いとこ取りして28年にすれば好いのよ。私は5歳まではありのままにしといて、其処から17歳までを細切れの記憶を繋ぎ合わせば好いのでしょう。

    だって17歳の時、畠山みどりにして下さったのでしょう。戸籍の造り替えの方が罪は重いんでしょう。どうして其んな事を遣ったかと言うと、珠樹の幸せの為なんでしょう。でしたら二人で作った娘の幸せに、細切れの記憶をなぎ合わせたって許されるでしょう。だったら畠山の5歳から17歳までを都合が好い様に拾って来れば好いのでしょう。少しくらい借り物が有ったって、娘に差し障る物は何も無いでしょう。」

   何とも納得できないお顔でしたのよ。ご不満とは違いますのね。

         珠樹に説き伏せられて見様かな、ってお顔でしたのよ。