「 ホントに無口な母でしたのよ。私のお産を話さない日は、豚小屋に帰るのにも黙って離れて行ったのを覚えて居ますのよ。」


         千住の暮らしを話したのは初めてでしたのよ。どうして話す気に成ったのでしょう。パレルモのアレッサンドラホテルの4階の窓で、彼と並んでパレルモ中央駅の列車を眺めながら話しましたのよ。


   「 記憶が薄れて行く中で、此れだけははっきり覚えて居ますのよ。看護婦時代のお産の様々を詳しく教えて呉れましたの。」

   「 そうだったのか。千住警察の死体置き場でお母上の両手首に巻かれた包帯が今でも目に浮かぶのさ。だから聴かないようにして来たのだが、話すのだったらレイ・ファン・カルロスに戻ってからで無くて今全部話して仕舞えよ。」

   そうなんでしたのよ。

         娘の私には楽しい母では有りませんでしたのよ。過酷とも言える17年で、思い出と言ったら買って来て呉れたお弁当を二人で食べた事しか覚えて居ませんでしたのよ。


   「 私の生まれと看護婦のお産の経験しか話題は無かったのですのよ。皆様方の様にお誕生日も有りませんでしたし、お正月だって来なくて一人で貨車の壁におめでとうを書いて居たのですのよ。」

   「 判るぞ、いや、判った事にして置こうじゃ無いか。俺の母親の記憶は全く無いのさ。お前を高輪に置いて、執事に案内された千住警察の鮮烈な記憶は今でも残って居るのさ。

         ライの兆候が出て、曲がった指と手首の白い包帯が俺の残りの人生を決めたのさ。お前によく似た顔立ちだったな。

   今でもお前の寝顔に母上が重なって来る時も有るのさ。生まれて来る子を娘としたのは、其の想いも有るからなのさ。」


   「 嬉しいわ。アンナ母でしたけど、愛を感じた事も有りませんでしたのよ。でも血の繋がりは今でも此処で感じてますのよ。何時かは聞いて頂きたいと思って居ましたのよ。」

   「 おう、お前が其の気に成って呉れたのなら、俺も聞きたいのさ。お前ひとりの母上だとは思えないんだ。二人で生まれて来る娘に母を話しても好いだろう。」

   ホントに其んな気でしたのよ。不思議とも言えるアレッサンドラホテルでしたのよ。

  「 薄暗い貨車の中で、並んでお弁当を食べましたのよ。飲むのはコップの冷たいお水でしたのね。冬ですと凍り掛けたお魚を割り箸で解しながら食べましたのよ。一日一食のお食事なんですもの。骨までシャブッテ頂きましたのよ。」

   手も握って呉れませんでしたのよ。其うしたら涙が零れたでしょうね。彼の思い遣りを感じるアレッサンドラホテルでしたのよ。