「 権藤様はスポーツ選手と想えば好いのよ。」
「 そうかな、奴がスポーツをしてるのを見た事は無いんだぞ。典型的なスポーツオンチなんだ。」
「 其うでは有りませんのよ。現役を退いてからのオリンピックの金メタルの選手と似て居ると想いましたのよ。あの方岩崎商事を退職為さって、貴男の執事をオツトメなんでしょう。まだご自分が置かれたお立場に戸惑って居らしたのですのよ。」
「 其れは言えるな。だけど俺が頼んで執事職に換わったのでは無いのだぞ。元々は伊勢の豪農の息子だったのさ。俺とは10年遅れで岩崎学校に引き抜かれたんだ。伊勢の同郷のよしみで何かと目を掛けて居たのが、岩崎商事の秘書課に入ったのさ。大学卒と同時に伊勢に戻され無かったのは、其れなりの切れ者だったのさ。
秘書課の仕事の大半は、クレーマーを適当に捌く職務なのさ。
貧すればドンすると言われるが、クレームを付けてくる奴は貧困から来る狭い心をぶつけて来るのさ。此れは商売にも通じる折衝なんだ。プラスマイナスに狭い心と言うか、視野の狭さを其のままぶつけて来るのさ。
まあ、忍耐が基本だが、殆んどがウヤムヤのうちになし崩しに成るのさ。商売と似たところが有るので外国との折衝の現場に引き出されたのさ。」
「 其れを言うのでは無いのですのよ。貴男と暮し始めて直ぐ、私に接近して来ましたのよ。高輪の全てを教えて下さるのから出発しましたのね。
其れまでの私は、母を見詰めての毎日でしたのよ。何れは一人に成るのは判って居ましたので、別にショックでは無かったのですのよ。
柳橋のお玄関で貴男が出て居らした時に、母の姿に重なって貴男が見えたんですもの。二人の世界に慣れて居ましたので、貴男のお傍に居れば何も要らなかったのですのよ。ですから権藤様も居ない方が気楽に感じましたの。」
「 そうだったのか、薄々は感じて居たのさ。俺自身が商事を離れて空中遊泳してた時だったのさ。今だから言うが、お前にすがり付いて生きる道を探して居たのだ。」
「 私も同じでしたのよ。10歳からの7年は、母と二人の世界でしたのね。ですから権藤様の煩わしさが気に成り出したのは、共立に入ってからでしたのよ。
何で私に付き纏うのかを、貴男のご指図だと勘違いしてましたのよ。慣れるにしたがって、長いお仕事を離れたお脳の空ッポを、私に絡むので遣り過ごして居たのですのね。
共立女子校の騒がしさを知らなかったら爆発して居たと思いますのよ。少しずつでしたが、逃げ込める貴男が居て下さったのが珠樹の命を繋いでたと思いますのよ。」
フットため息をお着きに成りましたのよ。思い返して居たのですのね。60年から放り出された当時のご自分のお姿を、珠樹の枯れ木の様な脂が落ちた17歳に重ねて居ましたのね。