「 珍しいのね。メッシーナって新興都市の感じなのね。」
「 そうさ、新しいとも言える街なのさ。1908年の12月に大地震で一度は壊滅した街なんだ。対岸のヴィラ・サン・ジョヴァンニとは切っても切れないイタリア本土との繋がりが有る街なんだ。だから見ての通りに復興したのさ。普通だったら金を掛けても何も生まない土地なんだ。ただイタリアの観光の変わった目玉としてのシチリヤの玄関に成って居るのさ。」
「 其れで納得しましたのよ。でも全滅したのなら港だけ作れば好いでしょう。」
例によって大笑いが復活しましたのよ。静かなタタズマイのレイ・ファン・カルロスでは見られないお声でしたのよ。
「 お腹の赤ちゃんが驚いてるでしょう。」
「 済まん、久しぶりにお前のお惚けを見せられたんだ。列車からゾロゾロ降りてく連中を見ながらのお惚けだろう。其の手に乗らないさ。降りるんだったらパレルモの姫初めをしたアレッサンドラホテルにするさ。俺にも忘れられないホテルなんだ。永住権が新しく成ったら行って見様じゃないか。」
先の話ですが其の通りに成りましたのよ。何しろ私の子宮に始めて下さったホテルでしたのよ。忘れる物ですか。
皆様、姫初めをドウお取りに成ったのかは知りませんのよ。アダルトが多すぎるとお感じに成るのなら、極く軽くて無責任なお遊びのお付き合いから適当にセックス為さったのでしょうね。旅先で簡単にお寝んねからお入りに成ったのかも存じませんわ。もっと簡単に、彼の部屋でアルバイトにお出掛けのお母上の居ない間に、お楽しみだったとしましょう。
彼と珠樹はギリギリのお付き合いの中から暮らしを共にする様に成ったのですのよ。芸者志願で柳橋のお玄関に立ったのでは有りませんのよ。
戻る道を塞がれて、生きるしか頭に無い17歳が日暮れまでに廃貨物車に換わる屋根を求めたに過ぎないのですのよ。
彼は、功成りコンツェルンのトップの会長職に昇り詰めたとお思いでしょう。
トンデモ無い考え違いなんですのよ。家庭の温もりと言えば、柳橋の置屋さんしか逃げ込む家は無かったのですのよ。仕事一途で走り回って逃れてきた人生から、後ろを振り返ったら三途の川の流れが見えたのですのよ。
5年着古したセーラー服に身を纏った枯れ木の様な娘にも、生きて行く息吹をお感じに成ったのでしょう。連れて行く所と言ったら高輪の崖外れの
岩崎関東閣しか無かったのですのよ。
高輪御殿って読んで字の如くなんですのよ。一国の八つ山橋から大きく開かれた車寄せの中は、人の住まいとは言えない御殿でしたのよ。今でも行ってご覧に成ればお判りかと思いますのよ。かなり縮小して居ますが、当時の鬱蒼とした森は高輪の泉岳寺まで続いて居た自然林でしたのよ。
日本に並ぶ物が無い岩崎コンツェルンのご当主が、総裁の地位を既に追われた代替わりとして、僅かに高輪御殿に住むのを許されて居ただけなんですのよ。都内だけでもコンツェルンが所有する屋敷は多かったのです。其の全てにシャットアウトされて、出身母体の伊勢の畠山家に戻る道を示されて居た高輪住まいでしたのよ。
極端な話で、珠樹の養育にすがって、
コンツェルンと三途の川から逃れて居たのですのよ。会長職を蹴飛ばせば、残る道は伊勢に戻るしか無かったのですのね。かろうじて高輪に住むのを許されて居ただけだったのですのよ。
皆様ドウお考えかは知りませんが、彼も珠樹も支え合ってかろうじて高輪で暮らして居たのですのよ。男も女もセックスも無い人生の一時住まいだったのですのね。彼は珠樹の17歳のエネルギーを体の中に取り入れて、珠樹は与えられ無かった17年を聖心の4年と柳橋の午後の暮らしで取り戻して居たのですのよ。
お互いに過去を忘れる6年でした。
何を手に入れたのかと申しますと、彼は封印して居た青年を取り戻しましたのよ。珠樹は23歳のセレブを手の内に入れましたのよ。お互いに死を見詰めながらの6年でしたのね。
崖っぷちに居る毎日が、戦場であり明日を見詰めた全力疾走でしたのよ。ドウお考えに成っても構いませんが、二人で見つめ合った6年が何を産んだのかが此のヒストリーなんですのよ。
諄くて申し訳有りませんのね。60年コンツェルンを走り抜いた男と、17年隠れライの暮らしの中で生きて来た娘が見つめ合って生き抜いて来た高輪だったのですのよ。監獄でも拘置所でも有りませんが、其れに似た6年だったのを改めて言って置きますのよ。