アルプスエキスプレスはテルミニ駅まで5時間のリボルノをスタートしました。列車は地中海を右に見て走る" A "ラインを走り抜けて居ました。
コンパートメントには、珠樹の好い人の弥太郎青年と、執事の権藤様の三人で乾杯しましたのよ。
「 後5時間で奥様に会えるのね。でしたらお会いするまでに珠樹の本音を聞いて頂きたいのよ。
いーえ、高輪の6年をお腹の子供にも聞かせて置きたいの。」
「 何を言い出すのかと思ったら、もう好いだろう。全部過ぎ去った思い出なんだから。」
ヤー様に向き直って言いましたのよ。
「 聞いて頂きたいのは権藤様になんですのよ。
貴男には生まれて来る子と一緒にお話しする時も有るかと思いますの。でも奥様とお会いする前に権藤様には言って置きたいのです。
誤解為さらないでね。奥様にはお聞かせしたくない話なんですのよ。ハッキリ申しますと、奥様が珠樹に尽くして下さったご恩は忘れません。でも其れでしたら、権藤様が貴男に換わって捨て身で尽くして下さったので十分だった筈ですのね。どうして三人のお嬢様を義理のお母様に預けて珠樹に尽くして下さったのでしょうか。
少しお考えが違うのでは無いでしょうか。お嬢様のお立場が珠樹と母との生き方と逆に、奥様にはお判りに成らない想いが有ったのではと思いますのよ。」
「 そうか、俺も知っては居たのさ。此の男の真摯なお前との接触を見て居たので、言うべきでは無いと思って居たのだ。判った、聞こうじゃないか。」
嬉しかったのよ。ご承知でも珠樹に話
させようと為さって居たのですもの
岩崎弥太郎としては、お二人の執事様のお立場を考えてご自分を殺して居たのでしたのね。だったら権藤様への感謝も込めて、奥様との再会と再出発
にお手伝いできるのかと思いましたのよ。
「 最初から聞いて下さいな。珠樹はライの感染を知って居たのですの。母は一言も触れ様とはしませんでしたけど、ご一緒に世間から隠れて暮らして居たお二組のお年寄りには詳しく聞かされて居たのですのよ。
ライは治せる病なのです。政府の隔離政策が解けない限りは、家族に迷惑が掛からない様に隠れて、此処で死ぬのを待つしかないとね。
潜伏期が10年ですから、此処を出たら特効薬を手に入れられれば、私のライ菌は除去されるのだって教わって居ましたのよ。其の詳細をヤー様は知ら無かった様ですのね。」
権藤様がお話に成りましたのよ。
「 其の事でしたら珠樹様が仰る通りだったのです。千住警察の死体置き場で、ご両親にライの兆候が出て居たのに気が着きました。当時は千住警察も政府の隔離政策が続いて居たのを承知して居ましたので、
ライがご自殺の原因の死亡調書が
作られて居たのです
ドウ処理すべきか悩みました。然しお湯殿で裸にされて洗われて居る珠樹様に賭ける気に成ったのです。
弥太郎様にお仕えして40年に成りますが、コンツェルンを守り抜いたご功績を何方も認め様としませんでした。私にも男の意地が有ります。
ふと思ったのです。此のお娘さんに私の40年を賭けて見様とね。弥太郎様がコンツェルンの呪縛を解かれるのでしたら、男の人生を賭けて見る価値は有るのでは無いかと
今初めて私のお手伝いが生きて来たと思って居るのです。」
「 其うだったのか。済まない、俺とした事が珠樹を想うしか無かったのだ。何としても此の娘と青春のデートをしたいとだけしか思わなかったのだ。許せと言っても許されはし無いだろうな。」
「 好いのよ、其のお気持ちが有るのでしたら珠樹の話を聞いて下れば―――」
でしたのよ。権藤奥様の悪口と申しましょうか、
子供が居る家庭を大事に考えなかった
間違いを言うつもりでしたのよ
今珠樹に出来ます事は、権藤様が奥様を家庭の支えとしてご家庭をお作り直すお手伝いをするだけなんですのよ。
珠樹と弥太郎さんに尽くすので、見捨てたご家庭の再建にお手伝い出来ればしか思わなかったのですのよ。