目が覚めたら日本に戻ったのじゃと思いましたのよ。オーブローネ川に臨んだ田園地帯で、日本。の田圃そっくりでしたの。

   「 良く寝てたので起こさなかったんだ。お腹はドウだ。」

   「 ペコペコよ。昨日の食堂車、誰も居なかったでしょう。寒いのと寂しいので何も食べられなかったのよ。」

   「 確かにそうだったな。俺が訊いてるのはお腹の赤ちゃんが動かないかって心配なんだ。」

   「 あら、お気の早い事。生理が停まってまだ三週間なのよ。貴男の検査を伸ばして頂いてますから、タオルミーナで書き換えて貰わないとお父さんのお手帳も貰えないでしょう。奥様が畠山のパスポートを持って来て下さる筈なんでしょう。そうよ、1930年生まれのお写真を貼るのでしょう。」

   「 何を恍けてるのだ。お前のパスポートには日本政府の割り印が押して有るだろう。チャンと30年前の写真を貼って有るから、パレルモ政庁で税金を納めて入れ替えて貰えば好いんだ。なーに、建築屋が全て心得て居るさ。死んだ様なシチリヤを生き返らせたのだからな。」


   そうでしたのね。タオルミーナの永住権を取るには1年以上の居住実績が必要だったのよ。何処をドウ遣ったのかはタオルミーナの空き家をリホームした建築屋さんが全部取り計らって下さいましたのよ。あそこは自動車はオフリミットなんですから、建築資材を山の上から担ぎ下ろすのに彼も汗ダクダクでしたのよ。

    「 駒場時代を思い出すな。クラスでも首一つ抜け出して居ただろう。寮の相部屋の二段ベッドが窮屈で殆んど床で寝て居たんだ。此のコンパートメントは広いから床で寝てお前の腹が波を打つのを見て居たんだ。何ともコソバユイって言うのかな。到頭寝ずにお前を見て居たのだ。」

   「 寝なければダメでしょう。ローマで降りたらハスラー・ローマで一休みしてシチリヤに行きましょう。カーポ市場でお買い物もしたいし、そうかと言って地中海のお船はコリゴリ何ですもの。此のコースでバルセロナに戻るのってお時間に余裕は無いでしょう。」

   

   「 心配するな。パレルモ空港に双発のDCを手配して有るのだ。書類が出来次第とんぼ返りすれば好いんだ。検査は3週間延ばして貰ったが、そうだカーポの市場は一日がかりでも半分しか観られないぞ。タオルミーナに泊まってタクシーをチャーターして置けば好いんだ。」

   執事さんが呼びに居らしたので食堂車に行きましたのよ。昨日と違って満席に近かったのですのよ。皆さん朝から大盛りのスパゲティーをお召し上がりでしたの。お腹は空いて居ますのに、ヘンに食欲が進みませんの。コーヒーにハムエッグを注文しましたのに、半分は彼が片付けて呉れましたの。

   「 つわりで苦しそうだな。」

あら、ご存じの癖に。でも何だか気弱に成ったのですもの。彼に寄り掛かる様にしてコンパートメントに戻りましたの。窓の田園風景も見る気がしませんで、カーテンを閉めて貰ってウトウトして居ましたの。