マルセイユまでは鈍行に成りましたの。海岸を離れてドローム川を渡って山地に入りましたの。

    「 アルプスでは無いぞ。セベンヌ山脈なんだ。此処からハルツ山脈にも続いて居るし、ドイツのチューリンゲンの森からポーランド迄山岳地帯に成るのだ。」

   「 連れてって下さらないと泣いちゃうから。」

何を云ってもハイハイなんですもの。張り合いが無いって奥様が仲間に成って下さらないと甘えるのも効き目が無い見たいなんですのよ。もう双子とお決めに為って珠樹は畠扱いなんですもの。

       此んな筈では無かったと思いますのに

       奥様が頼りなんですのよ。妊娠して初め

       てドウにも為らない女の弱さを知りました

       の。柳橋では10人のお姉さまと厳しい

       お母様でしたでしょう。共立の1年からも

       聖心の4年も全部女社会の暮らしでした

       でしょう。味方が欲しいなんて思いません

       でしたのに、此う成ると頼りに成る女性が

       大事なのを知りましたのよ


   オリエントエキスプレスは喘ぎながらドーフィネ山脈を登って行きましたの。次のセール駅で10分停まりました。もうコンパートメントに足止めでしょう。降りて見たくてもデッキには車掌さんが頑張って居るのですもの。お二人の昔話に花が咲いて居ますでしょう。置き去りにされた珠樹だって奥方さえ来て下されば、聖心時代の積もる話も出来ますでしょう。我慢を言い聞かせて殿方の昔話をコックリしながら聞いてましたの。

   走り出しても山の中でしょう。雪こそ無い物の、深い森しか見えませんのよ。走り出して30分も立たないのにストップでしょう。フランスの国鉄ですから仕方が無いとは言え、森の中のララニュって舌を噛みそうな駅に停車なんですのよ。どうやら先行の列車に併せた各駅停車の様ですのね。

    「 マルセイユで切り離されるまでは我慢するしかないのさ。」

   其う言われましても焦れるのが止められ無いのですもの。執事さんが居らっしゃら無かったらお膝で転寝も出来ますでしょう。マルセイユまでは我慢しか無かったのでしたの。


   マルセイユで海が見えましたの。暗く成って居ましたが汐の臭いが懐かしくて降りて見ましたのよ。ホームにキヨスクって売店が有りましたの。マグカップのコーヒーとなんだかんだのお菓子を買い込みましたのよ。バカ見たいに見えましたのに、此れが夜のおやつに成ったのですもの。オリエントエキスプレスは行っちゃいましたのに、機関車待ちなんでしょうかまだ出発する気配は無いのでしたの。

   「 此んなでしたら街に出て何か食べれば良かったのに。」

   彼の落ち着きが憎らしいって無かったのでしたのよ。

   「 此れが普通なんだ。焦らないのがフランス流なのさ。時間表は有っても無いと同じなんだ。ミロよ、ジーゼルじゃ無いのだぞ。モクモク機関車だから明日中にローマに着くとは限らないのだ。時間表から5時間遅れに成ってるから、今夜は寝て待つより無いな。」

    でしたのよ。やっと地中海が見えると想いましたのに、眠気には勝てませんでしたの。下段のベッドで眠りましたのに、気が付いたら彼は床に寝て珠樹を見守って呉れて居たのですのよ。嬉しいって、

    「 お腹の娘が心配だからな。」

でしたの。何と申したら好いんでしょうか。今から此うでしたら先が思い遣られますでしょう。