「 旅行がこれ程疲れるとは思いませんでしたのよ。」
女将さんの偽りの無い感想でした。ホントなんですのね。世界中を回って―――と言いましても、動物商を仕様として男に騙され続けた世界旅行でしたのよ。
世界の動物園に野生動物を紹介しようとし
て、特任大佐のお手当も功に貰った餞別
の200万ドルも、全部男に巻き上げられて
スッテンテンに成った疲れとは違う疲れをどっしりと感じた京都でしたのよ。
気張って居る心算は無かったのに、此の疲れは何なんでしょう。ヘンなんですのよ。
身も心もって言いますけど、お酒とお色気
抜きなんですから体の疲れはそれ程感じ
て居ませんのよ。心の疲れと言いますか
重苦しい想いが被さって居る様な、何とも例え様が無いモヤモヤな気分でしたの。
「 そうなのよ。歳の所為にしたくは無いけど、中途半端って言うのかしら。なんですか、納得しきれない想いが圧し掛かって居るのよ。」
手が空いた都ホテルの仲居さんが煎れて呉れたお抹茶を飲みながら、女将さんの告白でしたのよ。楠さんもどんよりとした眼で聞くとも無く聞いて居ましたの。
旅の疲れと言うよりは、心に被さった重荷と感じて居ましたのよ。
「 頭では判って居るのよ。」
ポツンと楠さんの呟きに似た告白でしたの。
「 そうなのよ。あの子たちの旅立ちのお支度に協力するのは判って居るのよ。でも無駄を教えるって、無駄だけで生きて来た私は何でしょうって想えるのよ。」
三人が三人とも同じ想いでしたのよ。立場は違っても、生きて来た世界は別々でも、何となく心に突き刺さると言うか、喉に棘が残って居る感じなんですのよ。
何かが可笑しいのは判るのよ。其の何か
が判らないからモヤモヤが消えないのね
いっその事飲み潰れたらも有りますのよ。其れが出来ない何とやらなのよ。
「 此の想いって娘たちは感じて居ないのかしら。」
「 感じてると思うのよ。女同士が心の鏡に映す時も有るでしょう。私なんか育ちが悪いから、皆んなも同じだと想いたいのよ。其う思って仲間内に居ると決めたいのよ。そうなの、何となくボヤッと同じだとしたいのよ。何処がとか生まれが青森だからってのじゃ無く、何となく一緒のところも有るって想いたいのよ。」
心に空いた隙間を言われた気がしたのよ。そうなの、旅に疲れたのとは違うのね。楠さんが何気なく言った
青森が同じだからが当てはまって居る
気がしたのよ。ヘンなのね
女だからとか家族だからだとか、もっと小さく同じ鉄道オタクだからなんてのも心の隅に残ってるのね。
今度の旅が娘たちの卒業式を作るってのは皆んな思って居ても、其れがドンナ意味を持って居るのかは心の隅に引っ掛かって居たのね。
無駄を知ろうも、捨てるのも知らなけれ
ば世の中には出ていけないと想おうと
はしてるのよ
でも引っ掛かって居るのね。
皆んな捨てなきゃいけない物を持って居るのに、其れをキレイさっぱり捨てられない想いも持って居るのですもの。
いっその事火事に成って燃えて呉れれ
ばってのも有りますし、其んな都合が良
く行かないのも引っ掛かって居るのです
のよ
楠さんが思い掛けない事を言ったのよ。
「 神田市場で毎日悩んでたのよ。今日は三人相手にしたから三万円入って来たのね。此のお仕事が無く成ったらドウ成るのかは毎日思ってたのよ。大学を出たパリパリの若者だって初任給は1万チョットなのよ。三万円のお給料を貰うまでは、何年も毎日上役や先輩の顔色を眺めながらの我慢が続くでしょう。其れを一日で軽く受け取って好いのかしらと悩んでたのよ。たったの一日で伊勢湾台風が全部流して呉れたのよ。綺麗サッパリ全部終わっちゃったの。8か月悩み続けたのは何だったのでしょう。そうなのよ、此んな想いをして卒業式を作ったって、たった一日で何もかも終わりに成っちゃうのね。あの子たちも同じに考えてるのじゃ無いかって。」
違うのですのよ。皆んな夫々に苦労して来たとは思うのよ。でも其の苦労が身に付いてるのかしら。楠さんが云ったのは
苦労が何だったのだろうとは違うのね。
売春の苦労が身に付いて無いって言っ
てるのとも違うのよ
此んな苦労をして来たのだから、何かの見返りが欲しいって言ってるのよ。
極端な話、慰めて欲しいのね。果たして
マリーも同じなのかしら。アボリジニの
奴隷にされたのは2年もって功にぶつ
けてるのよ
態々2年って言うのは、2年の苦労に同情してって訴えてるのね。ハーバードの苦労も学食に入れなかったのでゴミ箱を漁ったってのは、
実は肌の黒いのを想い遣って欲しいっ
て訴えてたのね
アボリジニを見抜けなかったのはマリーがバカだったからなのよ。二グロを訴えたって功を傷付けるだけなんでしょう。
マリーのおまんこが堪らないって言うの
は黒を言うのなら素晴らしい物が有る
のを示せって言ってるのね
なんておバカだったのでしょう。楠さんは生理の娘の代わりに成って親方を引き受けて来たって言ったのよ。ご自分の売春をキレイ事に見せて同情を呼ぼうとしたのよ。では12歳で売春して来た娘たちは何だったのでしょう。そうだったのよ。其れに誘ったのは功だったのね。ホントのトラウマは功が感じて居るのよ。
6億円を捨てて来いってのは、功のトラウマでは無いのね。娘たちは忘れられない過去を持って居るのを知って帰って来なさいってだったのね。日本で功と暮すのなら、マリーの心に娘たちの過去の傷をシッカリ抱え込みなさいって言ってたのね。そうだったのよ。何が心のモヤモヤかって、
マリーの独り善がりが心に引っ掛かって居たのね。甘ちゃんなのに甘えて居たのね。12歳の娘に市場の親方たちの売春を勧めた功の傷を、半分受け持つのがマリーの役目だったのよ。楠さんが云って呉れたお蔭で判ったわ。10人の娘たちの傷はマリーではドウ仕様も無いのよ。功の心の傷は半分だったら引き受けられるのよ。其れが今度の旅行の収穫なのね。何処まで行ってもバカなマリーにも判ったのよ。半分はね。