「 頭の中で決めてた金沢から抜け出しましょう。」
と、リーダー格の山田が言いだしたのよ。
観光はチャンとして、無駄遣いも経験す
るって一日毎のスケジュールを組んだ
のよ
「 カナダの時は言葉に慣れるので半年居たでしょう。無駄遣いに慣れるのに日にちを決めましょう。」
って、2月イッパイ遊び歩くのに決めたのよ。
ビュイックをかなや旅館に返してバスに乗り換えたの。
「 やっぱり此れが私たちの足なのね。」
と、交代で凸凹の山道を下ったの。免許は取った筈なのに、免許証なんか何処かに置いて来ちゃったのね。それでもオーストラリアのナンバーを利用仕様って気が芽生えたのね。
功が居なくてもオーストラリアを利用す
る位、私たちでも出来るのよ
の、第一歩がスタートしました。嫌って居た兼六園に行きましたの。門の前にバスを停めて柳橋の女将さんが一人残りましたのよ。案の定でしたの。観光客の恥のかき捨てったら、バスを取り巻いて中を覗こうとしてるのですのよ。横文字で記してあるオーストラリアインターナショナルスクールを読めないふりをして興味津々なんですのよ。功が居て呉れたらって想いましたのね。
そうなのよ。私たちが出て来たら大変なお冠でしたの。
「 あら、中を覗かれたってドウって事は無いでしょう。ガラスを割られたら修理に出せば良いのですからね。オーストラリアが治外法権だってのを、金沢警察だって知らないかもでしょう。観光客に惑わされるのって無い事に仕様って決めたでしょう。」
娘たちは割り切ってましたのよ。まだ何人かの観光客がバスの傍を離れませんでしたの。マリーがバスのドアに仁王立ちして
ゴッデムボーイギヤラウエイ
の巻き舌で唾を吐いて遣りましたの。イザト成ったら軍用のスタンガンを持ってましたでしょう。
像も倒すと言われた10万ボルトです
から、死人が出てもって覚悟はして
居ましたのよ。戦争の外に居た金沢
にだって横文字が読めるお人は居ま
したのね
何かの役員らしいお方が出て、見世物じゃ無いって追い払って呉れましたの。
サンクスオールでバスを発進しました
の
感を頼りに探せば有る物でしたのね。ひがし茶屋街が表の顔だとしたら裏の顔のお茶屋さんも有る筈だって女将さんの読みが当たりましたのよ。金沢城の近くに主計町茶屋街が有りましたの。
「 ひがし茶屋街が町民のお茶屋さんだとしたら、金沢城のお武家さんの遊び場も有る筈なのよ。」
其れがドンピシャリでしたのよ。武家屋敷の外れに古風なお茶屋さんが有りましたの。バスの横付けで飛び出して来た手代風の男に耳打ちして娘たちの接待を求めましたの。黄色いスクールバスでしょう。交渉に出て来たのがニガーですから、度肝を抜かされてたのに10人の輝くミックスでしょう。前掛けを外して揉み手でお玄関を明けましたのよ。
此の先は女将さんの独断場でしたの。一人だけ和服で通して居ましたのに、正式な花簪でしょう。帯は西陣のピカイチと来れば、瑪瑙の帯どめが安物とは違う位金沢の手代は見て居ましたのね。
冷たい懐石はお断りよ。お鍋にして下さ
いな。日本酒の吟醸が有るでしょう。無い
のならドンペリでもナポレオンでも構いま
せんのよ
お茶屋に大吟醸は付き物なんですもの。無いとは言わせない注文なんですのよ。東京の見せ掛けの大吟醸とは違う蔵元の吟醸酒をお出しなさいってオーダーなんですのよ。悟らない程のおバカな手代では無かったのでしたの。
「 お茶屋の造りなんか何処でも同じなのよ。広間に通したら襖を外してって狙ってたのに、流石だったわ。奥の間に通したでしょう。幾らかスカッとしたから、お財布毎預けたのよ。」
まあ、格が違う接待だとは感じましたのよ。お鍋を求めたのですからマリーが嫌いな生のお刺身は出ませんでしたのね。酢の物も何方かと言うとマリーネに近い味付けでしたのよ。
「 柳橋でもヤー様にはなま物はお出ししませんでしたのよ。万一って事も有りますのよ。牡蠣も貝類もふぐ毒が皆無とは言えませんのよ。お鍋の牛でしたら一番確かなんですのよ。」
プロが応えたのにご満悦でしたのよ。娘たちもどっちかと言うと海の物よりは牛党なんですもの。大満足で大吟醸が捌けました事ったら、徳利を並べて大騒ぎしましたのよ。此んなパーティーが有ってもって金沢城の傍でしたの。