質屋連合会の理事長がアタフタと飛んで来ました。
「 落ち着きなさい。慌てて飛んで来る事は無いでしょう。馬券の注文は全部電話だったでしょう。電話して呉れれば支払いは月曜日で好いのですから。」
「 其れ処では無いのだ。農林省から呼び出しが来たのだ。明日の朝一番でな。」
「 農林省ね。多摩川の上流には梨畑が有りましたね。其の何かを言って来たのでしょう。」
「 冗談では無いぞ。協会と梨とは関係が無いんだ。言って来るとしたらサラブレットの話に決まって居るだろう。前から問題に成って居たのだ。川崎と船橋のサラブレットを府中に集めるのがな。こっちの腹を括って置かねば成らんから相談に来たのだ。」
「 そうですか。サラブレットね。もう川崎に残って居る馬は10頭そこそこでしょう。レースは組めませんし誰れも面倒を見様とはし無いのですから、府中に運んだらドウなんですか。」
「 冗談では無いぞ。極東組の連中が連日押し掛けて来て居るのだ。
競輪場に作り替えるとな。奴らは何処
で手に入れたのかは知らないが、
ピストルをチラつかせて居るのだ。抵抗
が出来ないのを好い事にして
店を乗っ取られたのと同然に成って居るのだ。」
「 其れは々々々お困りでしょうな。川崎警察に行ったらドウなんですか。解放されたとは言え奴らの仕事は部落で売春させるしか無いのですよ。駅前も目ぼしい場所には出られないのですから。恐らく日本軍のピストルなんでしょう。有んな物は脅しだけなんですよ。一人か二人殺されたら、MPが日本軍の武器を徴収するのに出て来ますよ。」
「 何を言ってるのだ。奴らの勝っ手にさせといたら、殺されるのは俺たちだと言うのだな。」
「 おや、判って居るでは有りませんか。奴らは川崎で、南北の争いをしてるのですよ。競馬場のゲートに何が停まってるのかご存知でしょう。芝浦キャンプのウェポンですよ。手を出そうものなら川崎の全部落は火を掛けて潰します。奴らが旧日本軍のピストルを持って居るのでしたら、直ぐにでもMPが来ますよ。おや、お帰りに成って明日は農林省に行くのですね。貴男たちは日本人なんですからね。」
バカバカしくて、相手なんかして居られなかったのさ。
「 ホントにサラブレットのお話なの。」
「 いや、違うと思うよ。協会の理事を呼び出したってのは、確かに其の話だと思うよ。裏を返せば通産との利権争いなのさ。
競馬か競輪かの場所どりなんだ。
役所ってバカでは無いのさ。農林の
仕事は家を作る材木を集めるのが
一段落してる筈なんだ。川崎競馬も
克明に調べ上げて居る筈さ
戦後5年で農業は安定期に入ってるのさ。問題は肥料なんだ。肥溜めで腐らせたうんこを使えなく成って来てるのさ。化学肥料に変えるのには通産が主導権を握って居るのさ。作るのは出来ても其れをドウ流通させるのかの主導権は農林が持ってるのさ。
判るでしょう、庶民の娯楽を陰では
言いながら本心は化学肥料の流通の
争いを表に出さない様にしてるのさ
マリーもそろそろ、日本の裏事情を知って貰わないと困るんだよ。」
「 そうだったのね。化学肥料には気が付かなかったわ。」
「 確かに終戦の年の冷害は深刻だったのさ。しかし困ったのは一部都会に居たお年寄りだけだったのだよ。確かに買い出し列車の切符を手に入れるのに、子供たちは1日並んだんだ。其れも極く一部の子供が春までだったのさ。僕を見て悟って貰わなければ手遅れに成るのだよ。
何も買い出しの騒動が大きく取り上げら
れて来たけど、小さい日本人はチョット
だけお腹を満たす物が有れば生きて
行けたのさ。チヨコット盗めばね
皆んな遣ってたんだよ。親も子も、兄弟も隣の人も全部
クソ食らえなんだよ。戦争に負けたって
事は非常事態なんだから、全てが変わ
るのに併せて生きてくより
仕方が無かったんだよ。悪い日本語を使ったけど、マリーは肌の黒いのを気にしてるのを、日本流に置き換えて貰わないと困るのさ。」
言ったって直ぐには治らないよ。
此れって時間を掛けて言い続けなけれ
ば成らないのさ。26年のしがらみって
チョットやそっとでは解け無いと思わなければ成らないんだ。僕も同じだよ。セックスでは会い出したけど、お互いの合意で何とか合わしてるだけなんだ。
生きてくのに裏が大きいのも知って貰わなければ成らないのさ。