「 マリーが居なく成って、ただボケーとしてたんだ。川崎競馬は休みが多く成って遊びに行くのにもジープが無いでしょう。免許なんか考えられなかったのさ。闇雲に飛ばしたくなってトライアンフを買ったんだ。」

   「 其れで戸田でもトライアンフに乗ってたのね。」

   「 そうなんだ。戸田では便利な足として乗ってたのさ。あの時はタダ走りたいだけだったんだ。東北と言っても会津しか知らないでしょう。白虎隊が会津城が燃えるのを見て自殺したって聞いてたんだ。筑波から海岸に沿って走ったら、何も無いのでどんどん北に向かったのさ。」

  

   「 そうだったのね。青森が目標では無かったんだ。」

   「 目標も何もタダ走っただけだったのさ。宮城に入って少し落ち着いて来たんだ。東京には無い家が続いてたでしょう。食堂が有ったのでブラッと入ったんだ。意外に魚が美味かったね。味噌汁にぶつ切りの魚が入ってたんだ。生臭くて食べられないので小母さんが

       東京の人ね。仙台の街に入ればチャンと

       した旅館が有るから

って、青葉城の近くの旅館を教えて呉れたのさ。」

   「 行って見たいわ。仙台って独眼竜の伊達様のお城なんでしょう。日本の歴史を教えられるのに、北のアイヌの守りに徳川に潰されなかったと言われてるのね。普通は資源や産業が有るから土地を確保して居られるのよ。其れが北の守りだけで威張ってたのって理解できないのよ。」


   「 うん、宿で聞いて見たら少し違うらしいんだ。東北にはお米が採れるのは日本海側の川が多く有る秋田と山形だけなんだってさ。其処を監視するのが伊達の役割なんだって。日本の農業ってお米なんだね。仙台から北には安定した川が無いのでお米作りには向いてないって言われたのさ。引き返そうと思ったんだが、どうせ暇なんだからって青森まで行く気に成ったんだ。其れが後に成って娘たちの売春に繋がったのさ。」

   「 だったら秋田に出れば良かったでしょう。」

   「 其れがダメなんだ。日本列島は山脈が続いて居て、太平洋側と日本海側が完全に分かれて居るのだね。秋田に出るのには奥羽山脈を横切らないと行けないのさ。其れだったら海岸沿いに青森に出た方が迷わないって言われたのさ。知識も何も無いままに出て来たでしょう。どうせなら海岸沿いに走って行けば青森に行けるって考えたのさ。冒険じゃ無いんだよ。走りたいだけだったんだ。」


   「 判るわ。シドニーの政府の人が迎えに来た時、殆んどバリントン山の中で死ぬ事しか考えていなかったのよ。功が呼んでるって言うのでやっと目が開いたの。アボリジニに遊ばれた汚れた体では会えないと思ったのよ。死ぬ前に一度でも会いたいってだけで日本に戻ったのね。目的も何も無かったのよ。ただ功に会えるのならだけだったのよ。」

   「 謝って済む問題では無いね。やっと目が覚めたんだ。どっちかと言うとあの娘たちが居たから立ち直れたのさ。青森に行って良く判ったんだ。其れこそ何も無い寂れた農村だったね。人が住んでる気配も無いんだ。東京だったら家の周りに何かを植えてるでしょう。其れが赤土だけで何処に行っても農家とは見えなかったのさ。やっと判ったんだ。来る途中の三沢の空軍基地が青森の全てだってね。」


   「 そうよ。ポッダムの三者協定で北海道はソ連が支配すると決まったのね。ベルリンの失敗でアメリカは目が覚めたのよ。ソ連の戦車隊の威力をまざまざと目にしたので、北海道に上陸を許したら陸戦では止められないって決まったのね。ですから全軍艦を陸奥湾と小樽湾に集めたのね。三沢には10万と言われた陸軍と空軍を集結したのよ。其れが有ったから青森はアメリカ軍に埋め尽くされたのよ。」

   「 横田で慣れてたんだ。アメリカが飛行場を作るのにはね。東京の熊川組が2年懸けて三沢を作ったのさ。オリンピックでは建設会社は潤うのだが、熊川組は青森の業者は使わなかったんだね。人夫だけ使って三沢を作ったから、終わって引き上げたら青森には何も残らなかったのさ。行って見て判ったんだ。青森駅の前には市場が立ってたんだが、全部北海道から持ち込まれた物しか無かったのさ。十和田湖にも行って見たよ。日本で一番透明な湖って触れ込みだったが、食事処が一軒有るだけで値段は倍もしたのさ。夏だったが湖の透明何て10メーターそこそこだったね。此れじゃあ客は呼べないって想ったのさ。」


   「 そうね、ハーバードの日本史でも、北海道はかなり詳しく教えるのに、東京から北は山が有るだけに成ってたのよ。三沢で青森は息を吹き返したと思ってるのよ。」

   「 トンデモない話なんだ。全部熊川組に吸い上げられたのさ。熊川組ってゼネコンでは無いのさ。間組のまだ下の建設業者だったんだ。其れが三沢で一気に大企業の仲間入りをしたのだよ。本社は矢来に有る小さなビルなんだよ。まあ、三沢で立ち直ったとも言えるのさ。」

   「 そうなのね。アメリカの特需に乗った業者が勝ち組なのね。熊川組に限らず上手く立ち回った業者が甘い汁に有り着いたのよ。マリーが遣ったのではないけど、功とボースンが組んだ仕事ってマリーだって腰が抜けたのよ。お砂糖だって指令書を切るだけで船ごと持って来たでしょう。アレが有ったからボースンたちは海に戻れたのね。」

   まあ、其れだけでは無かったんだよ。今から想うと凄い事を遣ったんだ。何時か話すけど取り敢えずは青森の話に戻るよ。