回顧録では有りませんのよ。スペインの空気が言わせるのでも無いのですのね。8年って時間が言わせるのにして置きたいのですのよ。

    「 そうだっな。全てを決めたのはお母上の両手首に巻かれた包帯だったのさ。話には聞いて居たが目の前で見せられた時のショックは隠し様も無かったのだ。

       仕事仕事の60年は何だったのだろう

人の死では無かったのさ。

       生きてるお前が何かを呉れるかも

だったのさ。」


   「 私って気が付きませんでしたのよ。

       帰って好いよと言われたって、何れは

       此う成るだろう

と、想って居たのですもの。来るべきものが来ただけだったのですのよ。只貨物置場ともサヨナラですし、電車に乗らなくても済むだけでしたのよ。大げさでは有りませんのよ。最初に目に入ったのが柳橋の置屋のお玄関に立って居た貴男でしたのよ。式台の上に頭が鴨居に着きそうな大男に痺れましたのよ。今でも覚えて居ますが、運命の不思議でしたのよ。

       此の男のおチンチンを受けねば

が、3年近く続いて居た乳首のオナニーがアホニ思えたのですもの。色んな事が有りましたのね。柳橋から見た向こう柳原の土手で暮らして居る功と目が合ったばかりに、寄合で残ったお弁当を届けて仕舞いましたのね。

       マンネリがさせたのとは違いますのよ。

       只何となく小舟を漕いで行きましたのよ

隅田川で溺れて担ぎ込まれたのも全部知って居ましたのよ。呼ばれた貴男がホッとしたお顔に、陰ながら手を合わせて謝りましたのよ。

       生きてさえ居て呉れれば

のお言葉に、珠樹の心の紐を締めねばの想いが強かったのですのよ。謝れない頑なな心が解けたあの時でしたのよ。」


    「 そうだったな。

        もう俺の物だの、思い上がった心に

        クサビを撃ち込まれたあの日だったな

改めてお前が居るのに気が付いたのさ。ヘンだと言うのだろうが、居るのが当然だと思い始めた俺の気の緩みに大砲の弾が撃ち込まれたのさ。芸者珠樹のお披露目が済んだ後のショックだったな。今でも余丁の奴は忘れて居ないぞ。数億人の男の中で、お前が絡んだたった一人の男だとな。何ともヘンなんだな。屋敷に来た時の緊張って無かったな。向こう柳原の土手に姿を見せなく成ったので調べて見たら神田市場に住み込んだのを聞いたんだ。奴の自由が羨ましかったんだ。今だから言えるけど、お前が弁当を運んだ男を見たかったのさ。ドウって事は無い普通の男だったな。普通で自由ってのが何とも奇妙な感じだったんだ。」

    何もお返事しませんでしたのよ。

         弥太郎さんって其う言う方なんですの

         よ。母の時と言え功にもサラッと目を

         呉れて、お忘れのフリが出来る男

なんですのね。大きいと言いましょうか。珠樹には得難い殿方なんですけど、強いて言えば

         パルともで居て呉れれば

何ですのよ。酔っぱらって負ぶって下さる伴侶なんですのよ。