「 マリーって50が寿命だなんて考えられないわ。あの人私より元気なのよ。」
「 マリーと暮らす様に成って調べたんだ。黒人の寿命って日本人より平均して10年は短いんだよ。それと無くマリーに聞いたら、南部で60歳まで生きてる人は居ないんだってさ。其れからジーと見てると、
朝目が覚めると体中を撫で回すのさ。
其れから僕の朝マラを握って笑った顔
って、無かったね。生きてたのと昨夜の一戦を確かめた顔なんだ。マリーが安心するのは男を咥えたセックスだけが生きてる証しなんだよ。男の叫び声とは違うんだ。凄い遠吠えなんだけど、動物の本能を見せるのがあの時なんだよ。だからって始めるのじゃ無いけど、遣らずには居られないのがマリーのセックスなのさ。」
何とも腑に落ちない顔をしたのさ。
「 谷間を渡って来る風が気持ちが好いね。もう少し話して居て好いかな。」
狭いヒルマンの運転席なんだ。バケットシートを目一杯ズラシテ居てもおへそがガッチンコして居るのさ。上は脱がなかったがスッポンポンのお腹に汗が浮いてるのさ。外は冷え切って居るのに二人のお熱は上がりっ放なしなんだ。思い切って山田が生まれた頃の話をしちゃったのさ。
「 多摩川河岸に住み始めて3年経ってたんだ。夜中から川崎競馬のサラブレットを多摩川で泳がせると遣る事が無く成っちゃうでしょう。落ちてたチャリンコで東京見物してたのさ。ホントに落ちてたのさ。川崎競馬場の隣に競輪場が出来てたのさ。小さなレース場とも言えない競輪だったが、地回りの怖いお人が遣ってるから、警察も見て見ぬふりなんだよ。ミカジメ料って言って川崎警察に差し入れしてるから、ポリの姿も見えなかったのさ。」
「 競馬場が有るのでしょう。競輪なんか遣っても人は集まらないでしょう。」
「 其れが違うんだよ。競馬の入場料は500円なんだ。競輪はタダだから、其の500円を握り締めたフーテンが行くのだよ。馬券は100円だけど競輪の車検は10円刻みだからソッチに行くお客が多かったのさ。オケラに成ると何かを売って又競輪で裸にされるのさ。乗って来たチャリンコを50円か100円で売るのだよ。だからおニューのだって100円で手に入ったのさ。」
「 考えられないわ。宮田のおニューだと3000円はしたのよ。私たちが乗ってた婦人用だと1万円はしたのよ。其れを50円で買えるなんて―――」
「 だから競馬も競輪もバクチだって言うのさ。夢にウナサレテルから、チヤリンコを手放しても取り返せると思い込んでるのさ。其のチャリで大森の鈴ヶ森に行ったのさ。江戸時代の処刑場だから荒れては居たが首を晒した台は残ってたんだ。ウソに決まってるからもう一か所の千住の首塚に行ったんだ。」
「 江戸時代の処刑場を見たって仕方が無いでしょう。」
「 10歳前のガキなんだよ。ポリに捕まらないで行く処と言ったら其処ら辺しか無かったのだよ。確かに小塚っ原の首塚を護ってるお寺は有ったけど、暗く成ったので荒れ地の中で夜明かしする心算だったのさ。北千住に国鉄の駅は有ったけど、駅前って10軒ほどの家が有るだけだったのさ。明かりが見えた長屋の傍に隠れて朝まで待つ心算だったんだ。凄い叫び声がするので覗いて見たら、珠樹のおっ母さんが男にイタブラレテ居たのさ。終わるまでそっくり見ちゃったんだ。だから珠樹の母親は知ってたのさ。」
「 其れを言いたくて此んな川ッペリで私を同じに仕様とするのね。」
「 誤解も好いとこなのさ。温泉を探したら楽しませてもらうけど、有れってセックスでは無かったんだよ。極端に言うと4歳くらいの女の子に見せてる強姦だったのさ。母親を縛ってイタブルのを珠樹に見せてたのさ。四畳半一間の長屋だよ。隅で膝を抱えて震えて居る―――」
「 もう言わないで。来るのじゃ無かったわ。」
「 違うんだよ。珠樹の生い立ちをチャンと話して居るのだよ。世の中の不合理ってキリが無いけど、君たちは自分で切り開いて来たと思って居ても、逃げられないで苦しんで居る人たちを知って貰いたいのさ。珠樹を知れって言うのでは無いのだよ。珠樹が弥太郎さんの湯たんぽで甘んじたのは、珠樹にしか判らないんだ。僕は珠樹のおっ母さんがどうしてお父うさんから逃げ無かったのかには、珠樹だけの想いが有ったと思うのさ。男の判断を言うけど、弥太郎さんと会って気が着いたんだ。
あの人はもう死んでたのさ。脂ぎった
50歳には見えたけど、僕と同じで
遣り尽した抜け殻だったね
誰れにも言わないけど、ホントに死んでると感じたのさ。あの時63だと言ってたけど、一人で戦い抜いた
63年の抜け殻だったのさ。
珠樹には高輪を離れなさいって言った
のは、岩崎弥太郎さんでは余りにも
ヒドイって言う心算だったのさ。珠樹の
おっ母さんと同じに感じたんだ
2年近く向こう柳原の土手で珠樹と話して判ったのさ。
珠樹も弥太郎さんにお母さんを
二重写しにしてみて居たのだね
イタリアに行くと告げられた時、日本に戻らない覚悟だって感じたのさ。良くても悪くても其れしか無いとね。」
言って好いかドウかは知りませんよ。ブログだから、フィクションだから言えるのさ。20年昔に帰って何でも作れるんだ。想像力さえ有ればね。
何が僕の取り柄だって言えば、湧き出る想像力なんだ。今弥太郎さんは68だから、東京オリンピックまではバルセロナで旅行業に励むと思うよ。
僕はTOKYOMACを語って居るけど、此れを其のままでも好いし、一旦MAC君に死んで貰ってもフィクションは繋がるのさ。
何だったらブログと出版は切り離したら好いんだよ。作者のネームを変えれば好いんだ。TOKYOMACの了解が有ればね。此れこそがブログの特性なのさ。アメーバさんもチャンと警告を
マィページのトップに出してますよ。
お知らせとしてね。著作者の許可が無い文章はノー
だとね。許可と言うか了解が有ればって事なのさ。全部了解しますよ。作者のネーミングを変えても構いませんってね。遣りましょうよ。世界がアッと驚く想像のフィクションを作りましょうよ。