「 珠樹とデートしたのは一度だけだったのさ。知り合ったのが聖心の3年の時だったんだ。普段は午後3時に成らなければ帰って来ないでしょう。其れから柳橋のお勤めが有って、夜には旦那が迎えに来る決まりに成ってたんだ。」
「 それはマリーさんに聞いてたのよ。根津中の夏休みからずーと一緒でしょう。最初黒人と一緒に暮らすのに凄い反発が有ったのよ。でも日本語がベランメーでしょう。言葉で馴れるのって判り易いのね。ですから初めてのカナダの6か月で、肌の違和感は消えちゃったのね。思いがけない功の裏話も全部聞いちゃったから、もう仲間の様に成っちゃったのよ。」
「 其の心算で引き合わせたのさ。除隊したら結婚して一緒に住もうと言ったのに、アメリカ国籍から抜けられないってのを聞かされて諦めたのさ。今の仕事は珠樹の旦那が岩崎コンツェルンの親玉だってのを紹介されて、格差のてっぺんに居る人を相手にしなければうま味が無いのを知ったからなのさ。勿論君たちの責任も有ったけど、マリーをアボリジニに捕まったのから逃げて帰った責任を取らなければが有ったのさ。責任って単純には言えないんだね。君たちに出来るのは生涯を約束できるお金を作る事だったんだ。マリーには一緒に最期を迎えようとしたまでだったのさ。僕より六つ年上だけど、似た様な命だと思ってたのに
6年後にはアラフォーに成っちゃう
ってのを聞かされたんだ。黒人社会ではアラフォーは老人なんだってね。
其うはさせませんよが僕の思いなのさ
まあ、日曜の夜には戸田に来てくれてたのさ。今は茗荷谷に住まいを作るのに決めてるけど、マリーも少しずつアラフォーから抜け出してる見たいなんだ。」
「 其れは判るのよ。3年近く根津で一緒に暮らしてたでしょう。最初はオズオズだったけど、私たちの年代に近づき始めたのが驚きだったのよ。体形が変わって来たでしょう。歩くのだって長い足で飛ぶように歩き始めたのですもの。功に聞いてたハーバードの銀時計組だなんて、聴いても笑って居るだけなんですもの。でも知識って言うか苦労の度合いも私たちとは違うのが見えて来たのよ。賢さも全く違うのね。お勉強には成るけど、知らん顔をする賢さも判る様になって来たのよ。
小母さんからお姉さんに代わるのは
直きだったのよ
今では居ないと困る人なのよ。」
「 其れがマリーの特徴なのさ。人を見る目が有ると言うのか、アボリジニの失敗は窶れ果てていた時だったからなのさ。あんなに病人に成ってるのに気が付かなかったんだ。マリーを置いて日本逃げて帰ったのは生涯忘れてはいけない卑怯な事だったのさ。珠樹は違うよ。確かにマリーに逃げられて、多摩川からも逃げ出さなければに成ってた時だったね。何と言うのかな。男と女で寄って来たのでは無かったんだ。お先真っ暗な時に知り合ったのさ。冷静に成れば足りないところを補い合う気になったんだ。何度かは上野界隈で食事はしたよ。其れって
向こう柳原の土手に箱膳を届けに
来たのと同じ感覚だったのさ
だからデートの申し込みをされて、高尾山に来ただけだったんだ。珠樹も
後にも先にも弥太郎さんの他の男と
出たのは初めてって言ってたのさ。」
「 判るわ。私たちだけでは無いのね。娘だからでも無いのよ。神田市場のチョンガの親方たちも、女性との付き合いを知らなかったのね。付き合いって言うよりも、今の日本では一緒に歩くのさえフシダラダト見られるのね。例え結婚してる相手でも、一歩下がって歩かなければって世の中が出来てるのね。此うして功と温泉に来れるのも終わりだと思うのよ。例え大学に成って自由だとしても、世の中は其うは見て呉れないでしょう。カナダの経験が有るから皆んなの話の中では
出来たらヨーロッパの大学に行きたい
って、話も出てるのよ。」
なんてのも話し合ったのさ。