皆様ドウお考えかは全て自由なんでしょうね。珠樹は17歳から芸者のお披露目をお請けするまでの3年で、全ての命を使い果たしたと思って居ますのよ。
母と暮らした10歳までは娘でしたのね。家を出た時からの7年は、無い物と思って居ましたのよ。
だって其う思うしか無かったのですもの。
苦しみや悲しみを色々仰いますが
一日の24時間を、ドウ思ってドウ生きて来たのか、
お考えに成った経験がお有りでしょうか。
ドウ足掻いてもドウ仕様も無い24時間を過ごした経験をお持ちでしょうか。
母が居なかったら、父が居なかったら
私は違った24時間が有るのでは
の、真剣な思いに直面し続けた7年でしたのよ。
想像して頂くのを言って居るのでは有りません。或いはもっと極限の世界でお過ごしに成った方も居るでしょう。麻薬に溺れ、死に怯え、病気に苛まれる方も居らっしゃるでしょうね。でも父が居て母が居て、逃れられない現実の毎日から何時かは一人に成るだろうって思いは、死からも何物からも逃れられない現実なんですのよ。
中には明日が無ければとお考えに成る方も居るでしょうね。其れが出来れば好いのですが、私の生きて来た24時間には、
母が迎えに来る朝が待って居たの
ですのよ
逃げるも何も此れが私の毎日でしたのよ。
時には朝が来て、母が来るのが生きるのにすがって居た時も有りましたのよ。
来なければと思う時だって有りましたが
夜が来て、朝に成るのが必ず来る現実なんですのよ。此の思いってのが私の一日だったのですのよ。何方の一日では無いのですのね。
其れが私の24時間で365日何でしたのよ。
母が迎えに来ないって思った時も有りましたのよ。
ある日其れが現実に成りましたの。
イヤでも思い続けた日が来ただけ
でしたのよ。貴方の朝でも無いの
ですの。突然私の朝が来ただけ
でしたのよ
右足が前に出て、左足が付いて行っただけでしたのよ。
柳橋のお玄関で芸者に成りたい
と言ったそうですが、私の24時間が崩れただけでしたの。其れを迎えて頂いた3年が、生きて来た証でしたのね。
お考え下さいとは申しません。70歳のお年寄りが一つベッドで寝て下さって居たのですのよ。其の暖かい事と言ったら、私が初めて味わった24時間でしたのよ。母が迎えに来たのと代わってヤー様が夕方迎えに来たのですのよ。24時間に変わりは有りませんでしたが、やはり消えようとしている蝋燭の男性には変わりが無かったのですのよ。
ただ違いは、
蝋燭の火が消えなければ一緒に
寝て居られる
だけでしたの。芸者珠樹を言われて愕然としましたのよ。
此の蝋燭が消えるのを見届ける
お仕事なんだ
と。其れまでの三年は、ご一緒に寝るだけの毎日でしたのよ。思いは違いますが
お爺さまと一緒に寝て挙げる
のが、最期を看取る役目をお請けしなければに代わりましたのよ。芸者珠樹の厳しさは、三年の平穏の代わりの義務としてお受けするのが珠樹の勤めでしたのよ。お判り頂こうとは思って居ませんの。
何時かは来るで有ろう母の最期に代わって
弥太郎さんの最後のオツトメが心に刻まれましたのよ。
イヤなお話でご免なさい。珠樹って甘い女では無いのですのよ。