「 不思議な気持ちだな。走り回って来た70年は何だったのだろう。」
「 私も其う感じてますのよ。慌ただしかったの
が何なんでしょう。今を見直す気に成ってますのよ。ロンダの深い谷が日本に居る様に思えて落ち着きましたのに、其れとは違う何かが此処には有りますのね。」
「 其うなんだ。思い出すと盆暮れ、正月も無く飛び回って来たが、やっと昔を思い出す気に成って居るのさ。話したい、有れも此れも全部聞いて欲しいのだ。ところがヘンなのさ。レイ・ファン・カルロスに落ち着いても、此のモンジュイックの深い森と泉の畔で寝転がっても、何となく喉に何かが詰まった様で話し出せないのさ。」
「 判りますのよ。カタルーニャ美術館のパルの窓際のお席で、良く話して下さったでしょう。あそこでしたらお話を聞けると思いますのよ。」
レイ・ファン・カルロスのお庭をそぞろ歩きしながらポツンと仰いましたの。
「 あそこで空を見ながら何と無く話したい気に成ったのさ。バルセロナの空を見ながらだと、昔の何物にも捉えられないで話せるような気がしたのだ。街を歩きながらだったらお前に聞き捨てて貰えるのではと思うのさ。」
そう成りましたのよ。何とは無く街を歩きながら観光気分に成って、彼の周りを飛び歩きながらお話を聞きましたのよ。
「 変なんだ。此の方が落ち着ける気に成るのさ。そうだったな、高輪に戻っても何と無く違和感が
有るので、柳橋に行って居たのさ。此の石畳の道とくすんだ花崗岩の建物が落ち着けるのだな。此の橋の欄干を飾って居る物がワシには馴染みの石の飾りに思えるのさ。そうか、70年の殆どをヨーロッパで過ごして居たのさ。日本に戻れば戦争だっただろう。負けるのは判って居たから占領を掻い潜るのに、鉄と造船を残すの出必死だったのさ。此処がワシの故郷かも知れないな。」
仰る事が判る気もしますのよ。
「 好いのよ、私も観光してれば落ち着けるのですもの。お邪魔に成らない様にしますから―――」
「 いや、今のままで好いんだ。少し疲れる位が性に合ってる思いなんだ。そうだ、何処の街角にもベンチが有るだろう。座るも好いし、駄弁るのにも向いて居るのさ。何処に行っても気安く入れるパルが待ってるだろう。一休み仕様では無いか。観光疲れも好い物だろう。」
ホントに其う成りましたのよ。パルに入れば彼の大きさに皆さん席を譲って下さるのですもの。
イッパシの観光気取りも乙な物なんで
すのよ。