トレセンの食堂には、30人ほどの男が集まって居た。皆んな黙ってお茶を飲んで居たが無視するのでもないが、君さんに話し掛ける男は居なかった。トライアンフに乗る時の皮のスタジャンを着せてはいたが、夜中の寒さと緊張で振るえて居た。
「 トイレに行っといた方が好いよ。明るく成るまでコースから離れられ無いから」
「 慣れてますのよ。お座敷が一日に成る時も有るから、飲まない様にしてますのよ。芸者の嗜みの内なんですからね。」
「 ダメだよ、もう芸者さんは止めに仕様よ。此の裏に従業員用のトイレが有るから其処に連れてくよ。入口に靴を消毒するおけが置いて有るから、僕の靴を履いてくと好いよ。」
其れこそブカブカの靴が緊張を緩めたのさ。
水洗だから何とか済ます気に成ったんだ。後ろを向いてたがかなり派手な音がしたから、ムリにでもヤラセテ良かったと思ったのさ。
「 うふっ、ありがとさん。サッパリしたわ、此れで朝まで持ちそうよ。」
「 まだ北海道競馬から帰って居ないサラブレットが居るのだよ。今夜は少ないとは思うけど、150頭からの疾走を見なければ成らないのさ。夜明けまでには終わる筈だよ。」
「 150頭って大変なんでしょう。記録はドウ遣って取るの。」
「 慣れてるから馬の名前も憶えてるんだ。走る特徴も知ってるから、数カン歩しっかり見て居れば故障を見逃す事は無いのさ。中には蹄鉄の緩みを嫌がってる馬も居るけど、蹄鉄師のズルも有るし、馬丁が臨時の厩舎も有るから、其の打ち合わせで終わるのは8時か9時に成るね。」
「 判るのは男の世界って事なのね。皆さん私に目も呉れないでしょう。此んな世界が有るなんて、連れて来て貰って良かったわ。」
「 長く来れば声を掛けて来るよ。女の人が来るのって珍しいから緊張してるのさ。今の君さんだったら僕の姉さん位に見てるのじゃ無いかな。通って来れば声を掛けて来るさ。終わったら土地の不動産屋に寄って見様よ。甲州街道の向かいのキャンプは、元は中島飛行機の滑走路だったのさ。だから甲州街道が此処だけはバイパスに成って居て、下水管が通って居る筈なんだ。事に依ると玉川上水も地下に潜らせて有るかも知れないのさ。だから米軍に貸し出した空き家が有ると良いね。」
其んな話をしながら所定の位置に陣取ったのさ。