子無きは去れ

明治生まれのお母さんに聞きましたのよ。ホント私よりもお若いって言いますのか、ヤー様ご不在ですとお転婆丸出しの小母さんなんですのよ。其れは其れは素敵なセレブなんですのに、珠樹に併せてるのよりも珠樹が追い掛けるのに江戸弁のゾンザイな小母さんなんですのよ。

         此れって嫁いびりの典型的な言い方

         なのよ。旦那も含めて従わなければ

         ってのは表の言い分で

子供が生まれないのを盾に取って、閨まで監視し様って女の汚い意地悪なのよ。


    お判りかしら。ご自分のお子さんで有ろうと、養子として婿入りした跡取りであろうと、お嫁さんに託けてセックスから除外されてるウップンを、此んな形で若い二人にぶつけてるのですって。

    「 此の気持ちが判らないでも無いのよ。コラッお前さんの事を言ってるのよ。あの時ヤー様の顔に書いて有ったのよ。

         ドウだ、勝負して見るか

ってね。私と幾つも違わないのに、此処に来るのは少しでもお若いのを確めに来るのよ。」

     そんな、って思いましたのよ。

         躾は私が仕込みますから

って、私に仰って居らしたのよ。判って頂こうとは思いませんのよ。お母さんと娘では無いのですもの。

         お婆さんと孫娘なんですのよ。


    たった一言で、私をお試しに成ったのですのよ。スレッカラシか少しでも育てる価値が有るのかを躾けに託けて仰ったのですもの。其れが判らない程のウブでは有りませんでしたのよ。睨み合いは1ヶ月続きましたの。足の痺れで5分と座って居られ無い私が動くと、お扇子がお膝で鳴るのですもの。

         遣ると決めましたら負ける様な娘

         では有りませんでしたのよ。痺れる

         のなんて限界を超えれば何も感じ

         無く成るのですのよ。

    でも、しびれが戻って来た時の髪の毛が逆立つ思いってお判りには成らないでしょうね。立ち上がれないでうつぶせに成って苦しんで居るのを、上からジッと見下ろして居らしたのですのよ。死に物狂いで

         羊が一匹・二匹って百まで数えて又

         一匹に戻るのでしたの


    頭の中では時間と勝負して居ましたのよ。感覚が戻って来るのは知って居ましたのよ。何千匹の羊で戻るのかだけが珠樹の勝負でしたの。

         追い出されて堪るか、だけでした。

痺れが戻って来た時の苦しみってご存知無いでしょう。30分もお母さんが見下ろす下で勘定を小声で繰り返して居ましたのよ。戻って来た時の覚悟って、今思うと何も無かったのでしたのよ。真っ白な頭で

         正座して見せなければ

だけでしたの。何度も尻もちを繰り返してやっとの思いで正座しましたのよ。恐らく見られた顔では無かったと思いますのよ。其れでも容赦なく面と向かってのお扇子の響きが今でも忘れられませんのよ。明くる日も其の次の日も、同じ繰り返しでしたの。二人だけの勝負が終わって、お姉さん方が呼ばれましたの。

         私の娘なのよ

タダ、其れだけでしたの。其れから6年、日に一つの事しか教えて下さいませんでしたのよ。今思いますと、芸者の悲しみを違う形で仰って居たのでしたのね。