「 珠樹って変なのよ。だって小学校にも行かなかったし、東京も千住しか知らなかったのですのよ。日本語は話せたけど、タダ其れだけの子供でしたのね。雨の日はドアが錆び付いて開けるのも閉めるのも出来ない貨物の荷台の中で、雨が吹き込まない隅でジッとしてたのよ。夜が来れば眠く成るのを知ってただけだったのよ。千住から電車が走って居る広い道を、歩いて居れば千住からは離れられるだけでしたのよ。柳橋に迷い込んだのは何だったのでしょう。お三味線が聞こえたので、知って居る芸者さんって言葉が頭に浮かんだのよ。そしたら大男に巡り合ったでしょう。嫌いじゃ無い男に初めて会ったのよ。好きも嫌いも言ってられ無い毎日だったのに、ドウシテ好きが頭に浮かんだのかしら。」

    「 そうだったな。ワシが見たのは娘じゃ無かったんだ。真っ直ぐ立って居たお前から、

        儂に何とかして呉れって殺気に近い

        気迫を感じたんだ。お前の言う通り

        だったな。好きとか嫌いなんかでは

        無かったのさ。良く云えないけど、

        捨て犬を拾わなければ

と、だけしか思わなかったのだな。

        高輪に連れて行きなさい

が、女将にも柳橋にも当然の様な先を示してる様に

思ったのさ。運なんか思った事は無かったのに、何とも不思議な気持ちだったな。」


    そうですのよ。17年を一瞬の積み重ねで生きて来たのですのよ。お母さんが迎えに来るでしょう。黙って付いて行くのが綾瀬の日も有るし、雨の日は来ないから明日を待つだけでしたのよ。人様の懐を狙うのが好いとも悪いとも何も無かったのですのよ。

    「 知らなかったのですのよ。17歳って決めて下さったでしょう。名前は畠山珠樹だったのでしたのね。一ツ橋の共立女子校に連れて行かれて、高校1年に入ったでしょう。不思議にイヤでは無かったのですのよ。泊まる場所を探さなくても済むのは

        独りに成ったのですから、其うした

        暮らしも有るのでは

だけだったのですもの。食べるのも夜に成って寝るのも自分で探して決めるだけでしたので、お夕食を下さるのが私にはドウシテ好いのか判らなかったのでしたのよ。手を着けないので先に寝る場所に連れて行って下さったのでしたのね。其れだけが嬉しかっただけでしたのよ。」


    「 執事がアノ近辺の警察の家出人を調べて来たのさ。どうやらお前のご両親を突き止めて来たので、千住警察に出向いたのさ。書類を見せられて母上と対面したのがワシの遣るべき事を決めたのだな。商事を蹴ってから何も考えられ無い所に、おぼろげながら道が見えて来たのさ。切り開いて突進する65年に、初めて与えられた何かを遣って見ようと思ったのさ。高輪に戻ってお前を見たら、

        ヒョットしたら新しい道が開けるのでは

と、思ったのさ。目標が無い先を見る人生に気が着いたのさ。」

     「 同じでしたのよ。お歳は40か50に見えましたの。不思議な男に見えたのですのよ。母の姿と重ね合わせて、此の人も同じに成るのではって思いましたの。叱って下さっても其う感じたのですもの。でもお体のたくましいのにソグワナイお命が理解出来ませんでしたのよ。

        直き母と同じに成るのではって想いと

        拾って下さるのが直き終わりに成る

のでは、って恐怖と言いますか、言い成りに何か成る物ですかの反抗が先に出たのですのよ。まさかご一緒に歩いて頂けるなんて、思わなかったのですのよ。」


    「 頭の中で決まったのは、ご両親と切り離して見たらだけだったのさ。高輪に戻って見たらお前の自我と言うか、主張の強さで千住警察の何もかも忘れて仕舞ったのさ。美しい娘を感じたのは随分先だったな。女将に云われたんだ。

        トンデモナイ広い物かもだってな。

躾はしますから学校に行かせなさいとな。今から思うと先を見失って居たのは儂と同じだったのさ。運としか言い様が無いが、ワシの知らない人間が居たのが面白く成ったのさ。」

    指図は勿論でしたが、宛がわれるのに反抗する1年でしたのよ。もう、貴男の者に成るのは認めるも何も其れしか無いと思いましたのよ。ところがお母さんの躾って何も無かったのでしたのね。タダ黙って同じ様にするしか思わなかったのですのよ。不思議なお母さんでしたのよ。貴男と対照的と申しますか、1年経ってお二人で生きて来られたのを感じたのですのよ。