珠樹のお披露目は内々で済ますお望みでしたのよ。お母さんも同じ想いでしたのに、柳橋の町内会が引き下がりませんでしたのね。浅草と浜町に挟まれて、湯島にも後れを取って居たのが町内会には許せなかった様でしたのよ。内々どころか関東一円に回状を廻して高輪の騒ぎって、朝から高輪警察の手が足りない騒ぎでしたのよ。



     ヤー様ご自慢の珠樹でしたのよ。内緒なんですけど、岩崎商事のCEOから会長職に祭り上げられるのをお断りに成って退職為さった歳に珠樹は拾われたのですのよ。公称は65歳に成って居ましたけど、実年齢は60を過ぎた所の様でしたのよ。お顔の色艶も鮮やかで、おぐしも

       てっぺんハゲタカまでは行きませんで

ふさふさとした素敵な黒髪でしたのよ。確かにオジン臭さは隠せませんでしたが、柳橋のお玄関に出て居らした時は、料亭の下足番かと見えましたのよ。まさか此の方が岩崎コンツェルンの御曹司だとは思いませんでしたの。


    実は此のビュイックの運転手さんが、珠樹の唯一のお友達に成って下さったのですのよ。珠樹と同じ歳のお嬢様が居らしたのですのね。共立に通う様に成ってからも、柳橋に真っ直ぐ戻らないで岩崎の全てを見せて下さったのでしたのよ。丸の内から遠回りして新橋に出て、時には芝離宮の桜を見せて下さいましたのよ。奥様手作りのお弁当を蓋に取り分けて頂いた事も有りましたのよ。必ず駄菓子の飴玉を一つ頂くのって、高輪に圧し潰され掛かって居た珠樹には清涼剤に思えたのですのよ。ですからヤー様のホントのお歳も、其れよりも若く居たいとお望みの全ても教わりましたのよ。畠山家からお輿入れに成った奥様にも、またお連れに成った下々の召使いにも反感をお持ちでしたのね。先代の馬車の手入れを子供の時から為さって居たとも伺いましたのよ。


    共立を勧めて下さいましたのも、此の運転手さんでしたのね。青山学院にお進みのお嬢様が共立中学のご卒業だったのでしたの。

    「 鳩山薫って北海道の地主なんだろう。」

お首を傾げるヤー様を説得して下さいましたのよ。

       いきなり大学はドウかと思います。共立

       でしたらかなりの自由が効くかと想い

       ますので、通学にはビュイックを使わせ

       て頂けるのでしたら

でしたのよ。地に足が着いて居ない珠樹の救い神だったのですのよ。共立の内情もお嬢様直伝で教えて頂きましたので、先生方の癖も承知出来ましたの。何よりも授業を抜け出す手引きをして下さったでしょう。点呼が終わるとおトイレを口実にして抜け出す日も多かったのですのよ。珠樹の顔色をお案じに成って、

       聖心だったら岩崎は別扱いだから

と、お勉強が免除されるのを教えて下さったのですのよ。行きも帰りもビュイックがお教室だったのでしたの。お喋りが止りませんのに、英語の日とフランス語の日が交互に有って、置いて有るご本を読みながら自然に言葉に慣れましたのよ。此れがイタリヤに行ってどれ程有り難かったかは、感謝し切れませんのよ。