ヤー様にお世話に成ってから珠樹一人で大きなベッドで寝るのって初めてでしたのよ。何とも味気ない事って、目を閉じても眠れないのですもの。手を伸ばせば大きなお背中が有ったのに、何も無い冷たいお布団が恨めしく感じますのよ。此れまでの10日間はスペイン語のお勉強で何とか気を紛らして来ましたのよ。もうダメなのよ。狂いそうな此の気持ちって何なんでしょう。よっぽど隣のお部屋でお休みのマドモアゼルに泣き付いて見様としましたの。其れが出来ないのって、起きてワインを一本空けても酔いませんのよ。何なんでしょう。
鏡を見れば珠樹の引きつった顔にパリジェンヌが二重写しに成ってるのですもの。此んなのって有るのかしら。お電話でお母さんに泣き付きましたのよ。もう恥も何も無かったのですもの。
「 落ち着きなさいって空しく聞こえるでしょう。少しは女のホントが判ったのね。東京に居るのだったらお相手して上げるからも言えるけど、ヨーロッパなんですからご自分で落ち着くのを待つしか無いのよね。貴女の初めての経験なんですけど、此れほどまでの幸せを今まで下さったのを良く噛み締めるのよ。貴女独りの彼では無いってのが判ったでしょう。此れが男と女なのよ。愛だとか恋だとかって生易しい物とは違うのですからね。後4・5日ね。彼が帰って来た時のご挨拶を考えてお休みなさい。」
何とも取り付くシマも有りませんでしたのよ。お優しいお言葉の裏を思わねば成りませんでしたのね。ベッドを出てシャワーを浴びましたのよ。お水にして頭から被ったのでしたの。震える冷たさで目が覚めましたのよ。
なんて愚かな女だったのでしょう。
此の6年、変わらず珠樹をお傍に置いて下さったのですのよ。風邪をひいても生理が激しい時でも、一日としておイヤなお顔はお見せに成らなかったのでしたのよ。其れに引き替え珠樹は功と神馬峠で夜を明かしましたのよ。
何も無かったのですから
と、素知らぬ顔でベッドに潜り込んだでしょう。
珠樹が待って居るのに抱いて下さら
無いのが悪いのよ。
何て浅はかな女だったのでしょう。芸者も旦那も頭の中から消えて、珠樹の勝っ手をジッと耐えて下さった男が初めて逃げるのが身に染みましたのよ。なんて事だったのでしょう。ヤー様がたった一人の珠樹の彼だったのですのよ。今は珠樹に合わせようと頑張ってスーツを脱いで若作りをして下さって居るのですのよ。何と浅はかな女だったのでしょう。心の奥ではご寿命を感じながら、珠樹が食い尽くそうとして居たのに気が着きましたのよ。彼の愛は残りのお命を縮めてまで、珠樹に合わせようとした愛だったのですのね。お母さんの冷めたお電話がやっと判りましたのよ。ホントの愛って命を捧げる心なんですのね。其れをパリジェンヌにジェラシーをぶつけるなんて、彼の愛に甘えて居たのに気が着きましたのよ。例え何日でも、彼のお命が伸びてご満足なら、珠樹は受け入れるのがホントの愛だったのですのね。お母さんの愛は珠樹の我儘も受け入れる愛だったのですのね。彼が珠樹が好いと言うのなら、黙って珠樹を育てるのがお母さん愛だったのでしたのね。気が着くのが遅すぎましたのよ。日本に帰ってお母さんをお見送りし無ければが、珠樹の勤めでしたのよ。
お戻りに成ったら一度日本に帰るのを
言って見ましょう。柳橋に戻ってお母さん
のお作りに成ったお鍋を摘まむのを
そうでしたのよ。お母さんのご寿命はそれと無く承知しながら、どうして言い出せ無かったのでしょう。心が決まりましたのよ。彼の愛を言うのでは無く、お母さんを二人でお見送りするのが珠樹の勤めだったのですもの。今日のお電話の調子ではまだ間に合いますのよ。初めて心のセックスに気が着いたのですのよ。其れが彼にささげる珠樹の心なんですのね。