恵まれ過ぎて居るのに気が着きましたのよ。北千住の貨物の操車場で暮らして居ましたのは、両親の長屋が千住に有ったからでしたのよ。親が自殺したら千住に居ても仕方が無いので柳橋に出ましたのよ。何の目的も無く、ただ芸者さんにでも成ろうかって置屋を尋ねましたのよ。有るのは珠樹の体だけなんですから、其れを売って食べて行ければだけでしたの。其れが岩崎コンツェルンの会長職を蹴って自由に成られた弥太郎さんに拾われたんですもの。
此れで食べて行けるし、住むのも貨物の
中では無くて高輪のお屋敷から追い出さ
れない様に大人しくして居れば
でしたのよ。
食べるのにも苦労して居たのに、浮浪者から高輪のお屋敷の女王様に成った気取りで、我儘をし尽して威張って居ましたのよ。
65歳の弥太郎さんと一緒に寝て挙げて
るのだから
って、17歳のピチピチの珠樹の体を見せて挙げてるのだからって、聖心女学校にビュイックでの送り迎えは当然なんですって自惚れてましたのよ。ホントにバカな女でしたのね。聖心の3年の春でしたの。柳橋から見て居た向こう柳原の土手で、菰を被って暮らして居た功と目が会いましたのよ。珠樹の我儘が頂点に上り詰めてた時期でしたのね。ドウって事は無かったのでしたのよ。小舟を漕いで袱紗に包んだ箱膳を届けましたの。其れから功とのお付き合いが始まりましたのよ。初めて真正面から珠樹の思い違いを諭されましたの。
叩かれは勿論でしたが、叱られる事も有りませんでしたの。初めてざっくばらんなお話の中で、人付き合いの全部を教わりましたのよ。お仕事をお辞めになった弥太郎さんの孤独も、例えを挙げて諭されましたのよ。珠樹って想像もして居ませんでしたのね。高輪のお屋敷で大勢の人に囲まれてお暮らしなのですから、お淋しい筈が無いって思ってましたのよ。珠樹がご一緒にお風呂でお背中を流して差し上げてるのですから、其の方のご不満も無いって決めつけて居ましたのよ。水揚げの失敗も聞かれるままに全部話しましたの。功って2年も黒人のマリーさんと同棲して居たのですのね。ですから性の全部を諭されましたのよ。水揚げの失敗は早漏なのもコンコンと教えられましたの。珠樹の責任が大きいのも初めて言われましたのよ。
お付き合いは弥太郎さん公認でしたので、週一程度のデートが続いて居ましたのよ。今考えますと、珠樹を教育して居たのでしたのね。
プラトニックなお付き合いなんですから
浮浪者の功に珠樹が合わせて挙げてる
なんて、勝っ手に決めてましたの。弥太郎さんの執事を勝っ手にお勤めに成って居たお二人の執事が、功のシャドーバンクの50億の預金を岩崎銀行に移したって言われましたのよ。
なーんだお金持ちじゃない。我儘で
浮浪者の真似をしてるだけ
だって決めてましたのよ。其うでは無かったのでしたのね。千葉からサラブレットを輸送して来た総武線の終点が秋葉原でしたの。サラブレットを川崎競馬と府中の東京競馬場に運ぶのに、両国の貨車から降ろしたのをだるま船に積むお仕事をしてたのですのね。珠樹と同ない歳に見えましたので、プラトニックなら好いでしようってデートしてましたのよ。ホントはデートでは無かったのですのよ。功の暇つぶしにお付き合いしてただけでしたのね。今落ち着いて考えますと、珠樹の角を矯めて下さって居た人間の先生でしたのね。彼が居なかったら今の珠樹は無いと思いますのよ。