初めてでしたのよ、彼を待つのはね。イーエ此れまでの6年で珠樹はルーズに暮らして来ましたのよ。ヤー様ったら、何時でもハンを押すようにズレた事が無かったのですもの。遅れるのって珠樹に決まってましたのよ。お休みに成るのもお時計よりも正確に、夜の11時と決まってましたのよ。柳橋から高輪に連れて来られたのは夕方でしたのよ。大理石張りのお風呂でお女中さんにお股の内側まで、洗うと言うよりも消毒されたのはお話ししましたわね。実は彼なんか目じゃ有りませんでしたのよ

        芸者に成っても好い

って、玄関に出て来た男性に告げたら其のまま高輪までのドライブでしたのよ。


    柳橋が花街位は見れば判ってましたのよ。男が奥に消えたと思ったら、お玄関の前に車を持ってきて乗せられたのですもの。彼が岩崎弥太郎さんだなんて思いもしませんでしたのよ。お風呂から出たら赤いお腰を捲かれて浴衣みたいなお着物でしょう。お天井が二階くらいの大きなお部屋にお食事の支度が出来てましたのよ。此れが芸者さんを作る遣り方だと思ってましたので、

        負けたら終わりってだけしか

思いませんでしたのよ。お食事に手を付けなかったと言うよりも、此れまでチャンとテーブルに座ってのお食事なんか知らなかったのですもの。立って部屋を出ようとしましたら、彼に連れて行かれたのが珠樹のお部屋でしたのよ。


    お腹はペコペコでしたので、ご飯とおみおつけは頂きましたのよ。其れからお部屋の総取り換えでしたでしょう。彼の指図で大きなベッドが運び込まれましたのよ。其処で何かされる位は判りましたので、

        ドウにでも成れって気持ちでしたのよ

三つ続きのお部屋の奥が寝所でしたのよ。あの時は其のお部屋で何かされるとは思いましたの。パジャマに着換えた彼の指図でベッドの傍に立たされましたのよ。もうお風呂でスッポンポンにされて居ましたので全部脱いじゃいました。そしたら浴衣だけは着せられましたの。其れがお襦袢なのはずーと後で教えられましたのよ。お腰も外したのって風が通る感じでしたのよ。却って気がセイセイシテ指図どおりにベッドに転がりましたの。フワフワのベッドって体が沈む感じで動けませんでしたのよ。隣に彼が滑り込んで来ましたので、最初の男が彼だと思いましたの。


    其れからのお話は止めて置きますわ。だって聖心を卒業するまで続いてたんですもの。いつでも彼が先にお休みに成って、珠樹が焦らすのでしたのよ。初めてでしたの。彼を待つなんて。

    日が暮れようとして居るのに来て呉れないでしょう。もう8時間近くレイナ・ビクトリアのロビーで待ちましたのよ。ジレては居ませんでしたの。初めて彼を待つなんて夢を見て居ましたのよ。お判りが無くても構いませんのよ。彼が此れほど好きだなんて、思いも因りませんでしたのよ。いーえ、此れまでの好きとは違う思いでしたの。6年で恋を思ったなんてオトギノ世界に浸ってたのですもの。冷めたコーヒーが何度替えられたでしょうか。不思議でしたのよ。レイナ・ビクトリアのロビーは生きて居るのに、珠樹が腰を下ろして居たソファ―の周りは死んで居ましたのよ。チェックインとアウトでお人があわただしく動いて居ただけでは無かったのですのよ。何度もマネージャーがコーヒーをお持ちに成っても、珠樹も会釈をお返しするだけで何も変わりませんでしたの。只

       彼を待つのよ

だけでしたのよ。恋人を待つのって其れだけでしたの。