久し振りのバス旅行で娘たちの興奮は頂点に達して居た。実は其れでは無かったのさ。ギコチナイ興奮だった。其れはマリーにも現れて居た。全員何かが何時もと違うのは判って居るのさ。だから其れを言ったって、解れはしないんだよ。根津中から十文字高校の入学式に入った時の興奮とは違うのさ。

    此れって教えられる物とは違うんだよ。

マリーが固く成ってるのは、娘たちを根津の団体生活から解き放す体験をさせる緊張なのさ。娘達にも何時もとは違う何かを感じて居ても、男が一人居る興奮も混ざって居るのさ。只男と同席だけなら街の中にも有るし電車の中にだって有る毎日の出来事なのさ。

        功が何か企んで居るのが見えてる

からの緊張も有るのだよ。


    放っとけば昔に戻るのは自然なんだし、普通だったら其うして置くのが拗れない元なのさ。だけど主役はマリーなんだ。僕が娘たちに加わるのはいっときに過ぎないのさ。マリーは首まで10人と一緒に暮らして、十文字の先を年長者として教えなければ成らないのだよ。早い話が根っこが無い団体生活から一人ずつが抜けだして行くのさ。10人夫々が不安は持って居ても、現実を今突き付けたのでは10人の巣に舞い戻って仕舞うのさ。マリーも気が着いて居ないけど、大学って社会に出れば家庭を持って居ても男たちとの接触が有るのが普通でしょう。其の中を切り開いて来た背景には、個人の対処の仕方を勉強して来た学生たちなんだよ。ザックバランに言えば、一人々々が個人で生きて来た時間を持って居た連中なんだよ。幼稚園では家庭に逃げ込む時間が多かった筈なのさ。条件は違っても今までは根津に逃げ込めば何とか成って居たんだ。其れが一日の大半を一人で切り抜けて行かねばに成るのだよ。


    マリーは其れを2年で何とか仕様って甘く考えてるのさ。

       自分が其れで切り抜けて来たから彼女 

       たちも少しは溶け込むだろう

何て思って居るのさ。あの子達が家庭を捨て、故郷を捨てて来たってのは特殊な生き方をして来たのだよ。判り易く言うと12年を捨てて買春からスタートしたとも言えるのさ。

       250万円の貯金にしがみ付いてるのは

       其れしか17年の証が無い

からなんだ。家庭が有って幼稚園の子供の友達が有るってのは、重大な支えなんだよ。其れに小学校と中学が加われば、子供の社会が其処に有ったって事なのさ。


    「 母親を考えてご覧。女同士の付き合いの大半は子供の付き合いから始まるのだよ。マリーには無かった社会との関連なんだ。マリーが其れを、一気に僕って存在で切り替えたのは、悪運が強かったとも言えるのだよ。」

    「 何よ其の言い方は。マリーが26年の経験が無かったとでも言うのね。ご生憎さま、確かにカソリックの寄宿舎生活の中で曲がりなりにも子供の社会は有ったのよ。其れって大人の生き方に近い独立を求められて居たから、ハーバードで孤立しても切り抜けて来られるたのよ。功は其れを知りながらでも娘たちを見守れって言うのね。」

    「 大違いなんだ。マリーと僕の昔を切り離して彼女たちの昔が特別だった、てのから始めないと2年が空振りに成っちゃうんだよ。あの子達は12年を―――いや、その後の買春の2年も捨てようとモガイテルのさ。其処をシッカリ受け止めて挙げれば、何をすれば好いのかが判る筈なんだ。此れからの2年で捨てた14年を作って挙げないと、大学ってジャングルに呑み込まれて終わりに成っちゃうのだよ。今日は其の一歩なのさ。先ずバスから初めて心の切れっパシを明かす様に持って行くのさ。ムツカシク考えるから混乱するのさ。明日の溶け込むのを作るのが今日なんだよ。」

    ドウって事は無かったのさ。娘達との疎遠の

2年を復活するバスの騒ぎに加わったのさ。黒人のマリーをトップレスにしてね。僕、功もアンダーレスにされたけどね。