ピカソに興味を持って居たのでは無かったのです。彼に引っ張られる様にして美術館に行きましたのよ。最初の内は何点かの解説をして下さいましたの。興味を持ち始めましたのは彼の方だったのです。口をおつむぎに成るのが増えて、絵に呑み込まれ始めました。お繋ぎして居たお手の熱い事。珠樹も彼にツラレて真剣に絵と正面から向き合いましたのよ。ピカソの絵って見様に拠っては疲れますし、気楽に眺める感じで向き合いますと、意外な発見が有る絵なのですね。色の組み合わせで画いた時の感情の動きが判る物も有りましたのよ。


    美術館は巧く出来て居ますのね。日本の美術館と違って押しつけの模様を極端に排除して居ますのよ。日本では良く柵を設けて見物の列を作るのが通例に成って居ますのね。其れが全く感じませんし、手で触るのも

        ご自由にどーぞって展示がして

有りますのよ。何方も絵に近づきませんし、配慮のほどが近付く方はお口にハンカチを当てて絵に接吻するような距離まで近づきますのよ。スペインの方は芸術に接するマナーをお持ちだと感じましたの。


    第二信はピカソ美術館の記述で埋められて居ました。日にちの記載は有りませんでしたが、彼がピカソにのめり込んで居る様子が手に取る様に見えました。無言の内に其れをコントロールする珠樹の笑顔が見えたのです。日本に居る時もかなりのコボシは有りました。其れが影を潜めているのには満足の度合いが見え隠れして居ました。


    だって美術館に中庭が御座いますのよ。商業レストランと見まがう作りなんですもの。彼の額の汗をお拭ぐいしてカフェテリアにお誘いしますのよ。一時の息抜きが気分を完全に変えるのに役立ちますのね。何とも憎い作りに成って居ますのよ。ファーストフロアはピカソとご両親のお暮しがそっくり展示して有りましたの。何の事は無い記念館と感じましたのに其の興味が二階の展示室では360度変わりましたのよ。美術館と申し上げるよりは、気分転換してお遊びの公園の趣が有りましたの。固い美術品の展示からは考えられ無い転換を作って居ますのよ。其れだけでもピカソの思いが伝わって来ましたの。


   彼に引きずられてピカソにのめり込むのが書かれて居たのです。マラガ・ヒブラルファロの記述が一言も出て居ませんでした。ピカソに魅かれる思いが紙面を埋めて居ました。気分代わりの激しい珠樹の性格からは思い掛けない発見がスペインに有ったと思ったのです。紙面には激しい気性がはっきりと表れて居ました。トレヴィから始まった思いを殺す1年が、スペインで爆発したとも感じました。