アグリジェントの港を出てからずーと甲板で彼とお話しして居ましたのよ。6時間の船旅と聞いて居ましたのよ。此の海は日本では見られない浅瀬と言いますか、海底が透けて見える海でしたのよ。港を出てから遥か彼方に霞んで見えてた陸地が遠く成って行きましたの。

    「 あそこがアフリカの筈なんだ。ワシも始めて見るが、最初の印象は強烈なんだな。確かチュニジアの筈なんだが、印象ってのは度重なるに連れて薄れる物なのさ。」

    「 其うとも言えませんのよ。初めてお会いして高輪に連れて来られたでしょう。あの時の思いは今も変わって居ませんのよ。貴男が大きくてギラギラ輝いて居ましたのよ。始めて見る男性の様に感じましたの。違うのよ、悪く言うとオス其の物でしたのよ。巧く言えないのよ。丁度牛に例えれば、角が光って居てお乳が垂れて居ないホルスタインに見えましたのよ。其の感じって今も変わらないのよ。もう私の心の中には貴男とのセックスが渦巻いて居ましたのよ。あの時犯されても好いってなのよ。女の思いって、此れって決めたら変わらないのよ。独り占めしたいって欲が強くなるばかりなのよ。ですから変わらない事って女には有りますのよ。」


    「 そうか、其れは男も同じなのさ。セックスが有ったからと認めたくないのさ。

       此れが愛なんだとな

男は白状とも言えるのさ。イタリヤの男は知らないが、テレが消えないんだ。だから花束を捧げるとかエンゲージリングも照れくさい思いの方が強いのさ。良く結婚記念日が愛の象徴の様に言うが、誕生日の祝いも元日よりも霞んで居るのさ。お前には悪いとは思うが、結婚記念日を意識し無いのでも無いのだぞ。」


    「 私はもっと薄情なのよ。最初何で高輪に来たのかも忘れてるのよ。柳橋の置屋の玄関に出て来た貴男があそこの下働きの男に見えたのよ。お風呂のお掃除をして居た男に感じたのね。ご免なさい、ホントの事を言ってるのよ。」

    「 好いんだ、芸者に成りたいって言うのが育ってからの望みに聞こえたのさ。まだ子供だろう。ふと高輪で傍に置いて育つのを見たく成ったのさ。真っ黒にすすけて居てガリガリの娘だったな。只ヒッツメの髪のうなじが堪らない魅力に感じたんだ。女を有んな目で見たのは初めてだったな。もう何が何でもワシの女にしたく成ったのさ。其れが今でも変わらないから不思議なんだ。」


    「 貴男の仰る慣れが有るのは判りますのよ。でも慣れない事って有るのね。確かに芸者珠樹のお披露目が切っ掛けだったのね。其れまではご一緒して居ても、今の貴男を感じなかったのよ。只一緒に居ればとしか感じなかったの。其れが水揚げの夜でセックスを知ったでしょう。裸の男の重いのってお腹の中が燃えて来るのを感じたのよ。もうダメ、其れからの貴男って私の中ではオスにしか思えなく成ったのよ。此れってドンドン強くなって今に続いてるのよ。慣れた心算でも何時でも新しい冒険が有るから不思議なのね。」


    地中海のメラコリーとはしたく無いのよ。毎日ご一緒してるとドンドン珠樹の中で弥太郎さんが育って行くのよ。5年で感じなかった新鮮な弥太郎さんなのよ。今はお話したい気分なの。嫌いだと思って居た海が何でも話せる気に成るから不思議なのよ。彼と並んで手すりに凭れてお話してるのよ。ホントはマルタもシチリヤもドウでも好い感じなの。

    「 此うして居るとお前が思って居る事が判るのさ。只二人で居たいだけなんだな。ワシも其うなんだ。此れが本物の旅かも知れないな。フラッと散歩に出た感じなんだ。此の先の入管の面倒なのも、お前の世話ができると思えば楽しくも有り悩ましくも思えるから変なんだな。何でシチリヤのエトナ山に登ろうとしたのかな。もう其の全部がドウでも良く成って来たのさ。そうだったな、タオルミーナに家を作って居たのだったな。今は気に成らなく成って居るのさ。お前と暮らすのならタオルミーナで無くても好いってな。何で有んなに拘ったのだろう。」

    いーえ、拘ったのでは有りませんのよ。私と暮らす何かをタオルミーナにお求めに成ったのですよ。今も其の続きが此の渡し船に成って居ますのよ。珠樹は付いて行くだけですのよ。彼はわずらわしさを楽しんで居らっしゃるのよ。だって日本一の営業マンなんですもの。岩崎からは離れても、今度は珠樹の営業マンで尽して下さってますのよ。ですから其のお付きの女としての珠樹が居れば好いのでしょう。此れって愛にしときましょう。