久しぶりに根津に泊まったよ。娘たちも3週間の日本語の封印には参ってたんだね。いや、喋るわ々々々此の年ごろのお喋りとは違うスピードで喋り捲ったのさ。マリーは聞き役に回って笑ってたよ。楠さんも保護者を取り戻して、娘たちの着替えを用意したり、放り出した鞄やスニーカーを整理したりしてたのさ。ホッと何時もを取り戻したマリーは、僕に抱かれて笑ってるだけなんだ。言う事は判ってるのさ。

        娘たちに喋るだけ喋らせなさい

とね。此の年代の娘の最大の理解者なんだよ。此れまでのマリーの苦労が其れを教えてたのさ。立場は違っても、娘たちが此れからの独り立ちにマリーが居なかったら難しいのを知ってるのさ。


    「 お土産が少ないね。友達や先生方に買って来なかったのは拙いんじゃ無いかな。」

    一斉のブーイングなんだ。

    「 全部税関で没収されたのよ。100ドルまでなんですって。悲しいって無かったのよ。」

    流石にマリーもショボクレたんだ。

    「 判った、何とかするから此処に送る人の名簿を書いて呉れないかな。マリーと相談して準備はするよ。」

    奥の手を使おうと思ったのさ。アメリカ品の闇のルートを使うのをね。タバコだとか化粧品だったらドウにでも成るけど何しろ15歳のお嬢さんたちのお土産でしょう。

     「 一週間有るから二人で相談して何とか仕様よ。」

     難しい顔をしたマリーを説き伏せたのさ。何人分を言い出すのかは知らないけど、かなりの数に成るのは察してたんだ。この際はマリーに仕事を与えた方が立ち直りは早いと思ったのさ。まだ御徒町のアメ横にも、新橋駅前にアメリカ製品の闇の売店が有った時代だったのさ。本牧にも其の手の店は有ったけど、マリーと貨物船ごと神戸に流した経験から、関西には大掛かりな闇商店が有るのを知ってたんだ。ラッキーなのは月曜だったから、一晩寝たまりーを出来たばかりの新幹線で大阪に連れてったのさ。夏休みは10日先までだったから、有馬温泉の欽山のスイートを空けさせたんだ。夏休みは家族旅行が殆どだから、此のコジンマリトシタ旅館は空いてる筈だと連絡したのさ。好い返事が来るわけは無かったね。仕方が無いから珠樹の名を使ったのさ。直ぐOKなんだよ。此の時期は大きなホテルは家族旅行で一杯に成るのが常識だったのさ。娘たちのオーダーは100人では利かなかったよ。其んなの構やし無い。電話で三越の外商を呼び出して闇商店を教えたのさ。金に糸目を付けなければ1週間で集めたさ。ソファーでうたた寝をしてるマリーは可愛さを取り戻して居たよ。今夜はヘベレケに酔わせる心算だったのさ。