「 イタリアはアパレル産業の国だと言われているが、グッチもバレンチノも縫製の目が飛ぶのには参って居たのだ。シンガーミシンでは厚手の生地に成ると目が飛ぶのは避けられ無かったのだな。1955年だ。日本の工業用のミシンは、ベアリングの精密さとシャフトにオイルを浸み込ませる技術などを駆使して、其の正確さとスピードで世界に君臨し始めた時期だったのさ。ヨーロッパのミシンのシェアはシンガーが一手に握って居ったんだ。手始めとして岩崎のイタリア支店が工業用のミシンの導入にこぎ着けたのさ。何しろブラザーや銃器と言っても名前さえ知られて居ない時代だったな。実際の導入に踏み切ってからは1年を待たずにヨーロッパ市場を征服して仕舞ったのだ。元々日本に違和感を持ってはいなかった国なんだ。其の例が有るから産業界のお歴々が芸者珠樹を見に来たのさ。」
なんてのも記されて居ました。ボールベアリングを磨く技術は僕も聞いた事が有ります。有る大学で100年以上も続いて居る鉄の弾を研磨する実験だそうです。理論上は真空容器の中で、真球に磨いた鉄のボールを糸で吊るしてぶつけると、抵抗が無いので永久運動を起こすそうです。此の研究だけを続けて、
何時間何秒動いて居た
と、研究して居るグループが有ると聞いて居ました。其れが工業用のミシンに生かされたのは初耳でした。
「 もう死に物狂いなのよ。右も左も知らないイタリアで捨てられたら、帰る所なんか無いでしょう。もうヤーさんにしがみ付いて何とか女で居たいだけなのよ。まだ怖いのだけが残ってるけど、其んなの言って居られ無いでしょう。
まだ傷が塞がってはいないのだぞ
好いの、ヤーさんに抱かれて死ぬのなら満足なのよ。ソットなら好いでしょう。の毎日なのよ。狂ってると思われても構いませんのよ。ホントに狂いそうなのよ。彼は
ヴァチカンのサン・ピエトロ寺院で
式を挙げれば世界の何処に行っても
夫婦として認めて呉れる
って仰るのよ。泣けるばかりだからお返事なんか出来ないのよ。」
なんてのも書いて有ったよ。嬉しいのが判る字だから、踊って居て読むのに苦労したんだ。
ホントの所僕にも弥太郎さんのお歳は判らないのさ。珠樹には
男は相手に嫌われ無い様にって意識が
強いのさ。意識の中にはセックスも入っ
て居るのだよ。
一度の失敗を其のまま心に残しているとしたら、芸者珠樹は失格だね。ローマって男女の恋愛の発祥地って聞いてるよ。其処で弥太郎さんを物に出来ないのなら、帰って来なくていいよ。其処まで言ったのさ。僕のチンチを握りしめて、
弥太郎さんだって男なら同じなんだ。見
てるだけ、触ってるだけなら弥太郎さん
を侮辱してるのと同じなんだよ。
其れだったらローマでクタバッテ仕舞えばいいんだ。
とまで言ったのさ。柳橋界隈をうろついてた訳なんか聞きたくなかったんだ。
体を売っても自立仕様とするのは立派
んのさ。だったら其の誇りで太郎さんに
体当たりして見なさい
と、言っては見た物の、ヤル気が有るのなら高輪御殿でも、とは思ってたんだ。