「 何も有りませんがと言いたいのですが、ホントに有り合わせで申し訳有りません。此の田舎では懐石料理とは行きませんが、此れが精一杯のお持て成しなのです。」
確かに云われた通りの料理だった。煮物・揚げ物は勿論、肉料理も出なかった。出たのは茶碗蒸しと、土地の漬物位だった。珠樹が答えたのさ。
「 此れが欲しかったのよ。旅行を続けたいと思ってますのよ。其れには土地の物を食べたいと思うのが普通でしょう。気を悪く為さらないでね。何時も食べなれてる作法をしても好いかしら ? 」
女将がどーぞと云って呉れたのさ。まさか膝に抱いて口移しとは思わなかったね。珠樹はサッと僕の胡坐に飛び込んで来たのさ。将に飛び込んだんだ。借りた浴衣の裾がハダケテ、何も履かない所が露わに成ったんだ。悪びれないよ。隠す仕草はしたけど、むしろ此れが狙いだったのさ。口アングリのお二人は無視して口移しのオンパレードが始まったんだ。僕も珠樹も何時ものスタイルは崩さない。指で次を催促するのさ。半分は返して寄越す。
ドウ、降参したら
なのさ。確かにお澄ましは美味しかった。飲み干したら手で催促するのさ。いや、面白いなんてじゃ無かったよ。一つ残らず平らげて、舐めないけど残った汁はキレイに飲んじゃったのさ。
「 ご馳走様、此れが何時もの二人なのよ。身請けした彼も認めてるのよ。5年前に芸者は卒業したの。柳橋の土手で此の男を射止めたのよ。勿論買われた身ですから彼公認なのよ。私たち何も言う必要は無いのよ。ただ有るがままに暮らそうって決めてるの。幸せもケンかも好きなお食事も嫌いな食べ物も、有るがママに生きて行ける男を見つけたのよ。芸者の籍は消えたけど、私は女が主張できる男を見つけたのよ。今は此の男と旅をしてるのよ。東京に変えれば彼が待ってるのよ。出来るかドウかは判らないけど、此の楽しさを彼にぶつけて見様って考えてるのよ。ドウ、一つの生き方だとは思うけど、此んな生き方が有っても好いじゃ無いかしら。」
判ったかドウかは関係無いのだよ。土地の料理を出すのが当たり前で、其れを二人の流儀で食べたって文句は無いでしょうって云ってるのさ。
日本一の芸者だから
とか
若さが溢れてるからとか、旦那が了解
してるから
なんて関係無いのだよ。僕と珠樹は向き合って今日を生きてるのさ。2か月過ぎても珠樹に手は出さなかった。其れが間違いだったのを教えられたのさ。今夜どう成るのかは二人で決めるのさ。僕の心は
まだ待てる
と云ってるんだ。後は珠樹の心に聞くだけなんだ。此の旅館の女将がドウ思おうと知った事じゃ無いのさ。亭主に宣言したのは
女将さんが芸者に拘り続けて居るのは
お前の責任なんだって言っちゃったんだ。確かに陣馬街道の田舎の宿とは思えない雰囲気は有るよ。其れがドウしたって言うのだい。好きも嫌いもダクもセックスするも、全部二人の成り行き次第なんだ。僕はまだ待てるよ。珠樹が云って来たよ。
「 此処のおトイレ変わってるのよ。ずーと下まで吹き抜けなのよ。落ちたら死んで仕舞う様なのよ。」
あのね、トイレの話をする場所では無いと言うのでしょう。其れが違うのだよ。珠樹のトイレは自然現象で、暮らしの一部なのだよ。其れをお隣さんに言うのなら珠樹は狂ってるさ。だけど僕に云って来たからには受けて挙げるのが二人の生き方なんだ。だから僕もトイレに行ったのさ。
「 ホントだ。話には聞いてたよ。美ヶ原の霞山荘のトイレも同じ作りなんだってさ。昔は此れが普通だったと聞いてるよ。」
と話し合ったら拙いとでも言うのかい。暮らしの中には僕と珠樹の諸々も有るし、東京に帰ったら珠樹と彼の暮らしが復活したって好いじゃ無いか。僕の心の中には珠樹は
オンリーな存在
だし、彼の心にオンリーを植え付けるのは珠樹の仕事と云うか、生き方に掛かってるのだよ。其れをさっき話したのさ。