コンバーチブルがダムに沈んでから三日目に入った。娘も限界だったのだね。池の傍で僕のブルゾンに包まって熟睡なんだ。洗った事が無いブルゾンなんだ。僕の臭いがしみ込んでいる筈なのに、着替えさせようとしても離さないのさ。何とも哀れを感じたね。あれ以来気温は春の26度くらいを変えないのさ。僕もつい添い寝をしてしまった。
気が付いたら娘が覗き込んで居るのさ。跳び起きたが時間の感覚が無く成ってるのに気が付いた。
「 何を考えてるのか当てて見ましょうか。今日は何日なのかを思い出そうとしてるのね。」
いや参ったね。その物ずばりなんだ。
「 私、起きてから3時間は考えてたのよ。貴男を見てる内に、考えてるのが食い違ってるのに気が付いたの。やっと判ったのよ。貴男、考えるより先に走ってたのね。時間を先取りして走ってたのね。私其れが出来ないのよ。どっちかと言うと、時間が先なのよ。体が動く前におノウが動いてるのね。ハッキリ言うと凄くトロイのよ。」
やっと目が覚めて来た。娘の言おうとしてるのが判って来たのさ。自分では走ってる心算は無かったのに、
走らなければ
の想いに追い掛けられて居たのさ。
「 私が判るかしら。少しずつ貴男が判って来たのよ。
突撃してるのに、目の前の壁に気が付いて
居ない見たいね
目の前の壁って、お腹がペコゝゝの私に気が付いて居ないのよ。考えたのよ。私はご飯を探せないのよ。貴男は私がお腹を空かせてるのを知らないのよ。やっと役割が判ったのよ。私は貴男の知らない壁を教える役なの。貴男は要る物を探す役なの。ですから私、チョットだけ教えるのに決めたの。其れで行きましょう。」
少しずつ冴えて来た。此の子は何か、食べる物が欲しいって言ってるのさ。少し判り難いけど、頭の回転のずれを言ってるのさ。其れを僕は動く人に例えて言ったに過ぎないのさ。だったら立ち上がった。
「 良し、探しに行くぞ。其の前に服装を整えようよ。」
不思議に逆らわなく成ったのさ。僕の臍のあたりに足を掛けてパンティーを履かせるのさ。
「 見ても好いのよ。お池の中でしちゃったから、キレイに成ってるでしょう。」
ペロッと舌を出したのさ。キレイなのはダムのシンクロで先刻承知さ。縦割れ七寸って言うけど、此の子はかなり前付きなんだ。二番目のオサ×がくっきりした子なのさ。そんなの一瞬の企みで、頭を振って脳みそから追い出したんだ。
「 見てご覧。橋はあの日の騒動で落ちちゃった様だね。谷の水も枯れてるから、ダムから水が流れて居ないのだね。谷の向こう岸に建ってる20階のビルはホテルだと思うよ。まったく人気が無いから谷を越えて行って見よう。」
娘は喜んだよ。
「 ホテルって素敵よ。お山を歩いてた後ろに、お家のリムジンが点けてたでしょう。気晴らししたいと思っても、一人では出して呉れないのよ。お母さんと離れてホテルで暮らしたいと思った事も有るのよ。素敵よ、シングルでも好いのよ。一度ホテルに泊まりたいと思ってたの。」
此の子が家の話をするのは外の世界に想いが繋がってるからなのさ。だから今は、残酷な見込みを離すのは出来ないと感じたのさ。此んな時は動くに限るのさ。急な崖を娘を負ぶって駆け下りたのさ。
「 ヤッホー、捕まってろよ。落ちたら拾って遣らないぞ。」
知っちゃ居ない。風の音さえ聞こえないのさ。都会から音が消える時は無いのだよ。其れが全くの無音は不気味な前兆とも言えるのさ。落ちた橋の傍に階段を見つけた。
「 捕まってろよ。一気に登るからね。此の先はホテルに繋がってるのさ。人が居るかも知れないから、そっと登るからね。」
僕には判ってたのさ。インディアン部落で叩き込まれたんだ。風の動き勿論、張りが落ちる音さえ聞き逃したら命取りに成るのをね。だから無人は判ってたのさ。
やっぱりホテルだった。ロビーには工具が散らばって、職人たちの慌て様が手に取る様に判るのさ。前の駐車場には、車のドアが開いたままで放置して有るのだ。
「 電気が止まったのは町も同じだね。ホテルには非常灯が有る筈なんだが、有れも止まってるよ。バッテリー式だけど、電池もダメなんだね。其れにしては明るすぎるね。不思議な光だね。影を作らないのさ。だからカウンターの下まで明るいのさ。」
仕舞ったと思ったよ。聞かせてはいけない無駄を話したのをね。ところが娘はアッサリ聞き流したのさ。
「 其んなのドウでも好いのよ。ご飯が食べたいのよ。」
そうだった。娘の先立つものはご飯なんだ。カウンターの後ろのドアを開けた。
「 此処から厨房に行ける筈なんだ。ほら、此れがマスターキーだよ。此れが有れば全部のドアは開けられるのさ。厨房に降りて見るよ。」
其処も慌て様はハッキリして居た。作り掛けの料理が散らばって居た。不思議に腐った臭いはし無いのさ。娘が料理台のサンドイッチを手に取って匂いを嗅いだのさ。
「 此れ、何とも成って居ないのよ。ほら、マヨネーズも新鮮なのよ。酸っぱく無かったら食べられるのよ。」
止める間も無かったよ。指にマヨネーズを付けて舐めたのさ。
「 其んな事したらお腹を壊しちゃうよ。此処にはお医者が当てに成らないのさ。病気に成ったらドウするのさ。」
「 此れ痛んで無いのよ。もう三日経つけど、腐って無いのは察してたのよ。だってダムの水が澄んでたでしょう。お水の中には腐敗菌も居た筈なのよ。クラッシュの現場のサンドイッチだって新鮮だったでしょう。私思ったのよ。物が痛むって腐る事でしょう。試しにお肉の冷蔵庫を調べましょう。」
ヤラレタよ。おつむの回転は此の子に任せるのに決めたでしょう。僕が割り込んだって勝てる筈が無いのさ。だから思い切って冷蔵庫を開けたんだ。
「 わーい、何でも揃ってるのよ。ミルクを調べましょう。」
もう口を付けてるのさ。美味しいって僕に飲ませるのだよ。口移しに決まってるでしょう。
死ぬのなら一緒よ
とは言わなかったが、想いは重なったのさ。
其れから厨房荒らしが始まったんだ。
「 君、怖くは無いのかい。誰かに見つかったら監獄送りに成るのだよ。」
「 あら、戦うのは貴男のお仕事でしょう。私はお料理を探す役目なのよ。」
参ったね。人が居ないのを僕の動きで知ってるのだよ。あり難いのか頼もしいのか、訳が判らない娘なんだ。確かに何でも揃ってたよ。倉庫を全部開けて調べたんだ。
「 凄いお米だよ。開店前は業者が争って持ち込むのさ。お米が武器に成るのは農家で知ったでしょう。先ずお米を運び出そうよ。」
「 あら、ホテルで暮らすのでは無かったの。エレベーターが動かなければ最上階は安全なんでしょう。お米も其処に運びましょう。」
軽く言って呉れるよ。僕は動く役と決めてるから文句も言えないのさ。背負子を見つけたので、20キロの袋を五つは運べたのさ。娘は水のベットボトルを二本抱えて付いて来るのさ。20階はきつい筈なのに、真っ赤な顔で付いて来る。今は遣らせて置くのさ。戦争が始まる前のしばしの安息日なんだ。経験では、戦いが始まるのは一週間からなのさ。だから寝ずにお米を運んだのに、娘は半分眠りながら着いて来たよ。驚いた根性なんだ。後で言ってたよ。
「 違うのよ。お腹が張って苦しかったの。もう十日出て無かったので、運動すれば出ると思ってたのよ。」
此れが二人の繋がりを、決定づける動悸に成ったのさ。