神田千葉に住む様に成ったのは、一時の気まぐれだったのさ。決して言い逃れでは無いよ。確かには覚えて居ないけど、10才を過ぎた頃だった。多摩川を去ったのは、核とした訳が有ったのさ。競馬の裏を知り過ぎたんだ。関係者は僕を子供だと思うので、素おもてで接して来たのだよ。だから出来レースも片八百長も全部知っちゃったのさ。だから面白いようにお金が転がり込んで来たんだ。浮かれすぎて居たので地回りがノミの組織に手を伸ばして居るのに気が付かなかったのさ。今思うと、川崎競馬に首まで浸かってたんだ。

         目つきの悪い連中が多摩川の馬を見に来る

と、気が付いたのが遅かったのさ。そりゃ、ノミの組織はガッチリ固めて居たからやくざの入って来る隙間は無かったさ。奴らの狙いは僕に付けてたのさ。馬を知り、馬主を知り、レースの裏を知ったのが危なく命を取られる寸前まで行ってたのさ。だから逃げ出したけど、奴らの追及を交わすのに向こう柳原の浮浪者の道を選んだのさ。


    あそこで僕は大きく成長したんだ。其れは柳橋の

           玉樹

って芸者を知ったからなのさ。段々知ったんだけど、素晴らしい人だったね。まだ30前―――ってあの世界では年寄りに見られる芸者さんだったのさ。お化粧は口に薄く紅をさす位なんだけど、其の素晴らしさは真っ直ぐ見られ無いくらい輝いてたのだよ。

    「 旦那を知ったら腰を抜かすわよ。」

と言われて、横浜のシルクホテルで待ち合わせた一度しか会わなかったよ。僕の事も公認で、キャディラックのインペリアルを借りて二人で一週間、京都と奈良で遊んだよ。素晴らしいって教わったのは隠れた女性の全てだった。其んな人を離れて神田市場に鞍替えしたのは、将に若さの浮気だったのさ。一年経ってから呼び出されたんだけど、

        11才には有りがちな脱皮と思いなさい

と諭されたのさ。其れが有ったので20人の娘と会った時、玉樹さんに言われた事を思い出して、売春も青春の花道と思えたのさ。


    深くは考えなかったね。今思えば、多摩川を逃げ出した時と似た甘っちょろい考えだったのさ。だから農協が乗り出しても、

         成る様にしか成らないさ

位に思ってたんだ。売春ってお金のやり取りが有るセックス位に考えてたのさ。アッケラカンとした娘以上に軽く考えてたのさ。だけど予想を超えた問題には迷ったよ。神田市場が無く成って、売春のスタイルが変わるのは何れは来る事と軽く思ってたんだ。伊勢湾台風は切っ掛けに過ぎないと思ってたんだ。だから戸田に変わっても、僕の立場は同じなんだと思ってたのさ。楠さんの横領は、あの人の考え方からすると有って不思議は無いと思ってたよ。だけどチエ遅れの3人を、真正面から見たら一生絡んで来るのに気が付いたんだ。此れこそ参ったね。此れまでの僕の中には、売春をお金をやり取りする商売としてたから、しょせんお金で解決すると思ってたんだ。ところが3人の問題は、お金どころか先行きドウ発展するのか予想も着かないのに気が付いたのさ。チョンガの親方と組んだ10人は兎も角として、残った10人は戸田に鞍替えしたよ。今までの世渡りを見て居たら、達者なのは想像以上だった。だから娘たちも適当にコナスとは思ってたよ。再認識と言うかビックリしたのはチエ遅れの3人が、そっくりセックスに嵌ってるじゃない。しかも稼ぎの1万円を、何のためらいも無く一日の日当と決めてるのさ。市場では一人の親方を相手にして居れば1万円は入って来たのに、戸田では3000円も有るし、ポリなんかだと1000円ポッキリって時も有るのさ。ところが3人の娘は1万円をノルマと決めてるのだね。だから3人でも、モットでも受けちゃうのさ。周りを見回して手が空いてる男を口説いてるのさ。其れが自然に男を誘うから、誘われた男はチエ遅れには気が付かないのだよ。此れをドウすれば好いのか、僕にはお先真っ暗に成ったのさ。