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よく書くなと思われるでしょうが、以前は、締め切りせまる原稿仕事の前に、

お金にもならないブログをあげてから、仕事の原稿にとりかかっているくらいでした。

書きたくてうずうずするので、早起きしたりしてまで書くわけです。

 

ブログは、名前も顔も伏せて書いていました。

知人に知られていることもほぼないブログ。

無人島にもっていく1冊を選ばせてくれるなら本ではなく、ペンと紙を、と昔からいってます。

小学生のときから頼まれてもいない論文やレポートを自主学習として担任に提出し、放置されてました。

 

ブログを、仕事でどんなに忙しくても書いていたのは、

仕事では自由に書けないけど、ブログだと書きたいことを書きたいように書けるから。

上手にかこうとか、誰かをうならせようとか、そんなのまったくなしです。

 

ときどき、何がひっかかったのか、読み手が急に増えてカウンターが1秒1人の勢いになったりしたら、

しばらく書くのをやめたり、ブログのタイトルを変えて身をひそめたりしていました。

ブログは楽しみのため以外に書くものではなかったので、責任感が生じそうになると素早くやめる。

 

こういうひとはプロの書き手では相当珍しいと思います。

こちらに来てから書き始めた当ブログ「おいしい果実ができるまで」は、

顔も名前も連絡先さえ全公開でやった最初のブログ。

最初のうちは、名前だすのが、とても苦痛でした。

 

それを乗り越えさせたのは、農園のため。売上のため。

全国にきっといるであろううちのだんなさまの作る果物を好きな人に、かれの果物のことをお知らせするため。

という目的があったから。

 

目的があるので、これまでの無記名で書いていたブログとはかなり違います。

 

つい真剣になりすぎるので、それをはずすために、自分に課したのは、

仕事で書いていたような、ぎちぎちの、正確な文章を書こうとしないこと。

ドライブ感でつっぱしること。すなおで正直でばかであることを隠さないこと。

 

ばかなんで

けっこう、イタイ思いをしばしばしていますが、

とにかく目的はそこ。

農園とおっとのために、という思いでやってました。

もともと気が小さい臆病もんですが、目標が自分以外にあればなんとかできるもんです。

 

無記名でやっていたブログは農家になってからも続けていましたが

だんだん仕事のブログ(これ)も大胆度が高くなり、どちらに書くことも似てきたので、

無記名のブログはやめてしまいました。

ここからお客様になってくださった方もいまだ、ありがたいことに、何名かいらっしゃいます。

 

最近は、農業のこと以外にも、自分の経験でお知らせしたいことがあり書いてます

おもに病気のことです。

 

日本の医療は問題が累積している、と多くのメディアがいっていますが

メディアがいっていないけど、本当に、

 

 

けっこう大きな問題は、

 

「おかみのいうことは全部間違いだ」と考える人が多くなりすぎて、

日本の医療がどれだけ上等かということを知らない人が多いことではないかと思いいたっています。

 

たとえば、病院にいくより、自分でがんを治すことのほうが理にかなっている

と考える理由が、

ネットで書き飛ばされた、理由も理屈も通らないブログによるものであるなんて・・・・。

 

書いている人が善意であるし、わたしもかつてはそうだったし(病院なんていかなくていいと思ってたくちですから)

ですからこそ、黙っているのが難しくなる。

 

日本の医療が完璧だとは思いませんが、自分や家族や友人にやくに立つ部分があることは

十分に知っておいたほうがいいと思います。

 

知ってなかったら、私はここに座って書いてなどいられませんでした。

 

 

 

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いちごのご注文受付はまだうんと先です。たぶん12月半ばかと。

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人格に自信がないんです

テーマ:

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先日泊まっていった友人が言いました。
「こどもが私の人格もしらず、こんなに私を信じきっているのをみると、大丈夫かなと不安になるんです」
「人格?」
「人格に自信がないんですよね」
「自信?」

「人格に自信のある人なんていないでしょうけど」
人格に自信があるかどうかなんか考えたこともない私は言いました。

「人格って、ほとんどみんな一緒なんじゃないかって私は思ってるかな」
「でも、人格者っているじゃないですか」
「うーーん。その人の生まれてきた環境とかそのときの状況いかんで、いい人をするのが簡単にできるときと、そうじゃないときがあるよね」
「極悪な犯罪者とか人格者とかみんな違いませんか」
「違うのは、その瞬間だけで、犯罪者もなにかが変わればいい人の面をみせるかもだし、人生ずっといい人だと思われて生きてきた人が人生最後に入院している病院でとんでもなく悪いほうに、人格豹変、とか聞いたことあるし。

ひとりの中にはいろいろ人格があって、今の環境や心身の状況のなかで、どれが外にでて、どれが内にひっこむか決まってくる部分があるんじゃないかな」
 

私にとってかわらないもの・・・・

ひとつあるとすれば、母親に叩き込まれた・・・・
「おいしいものを独り占めするな」でしょうか。


激怒した母に言われたのでした。母を泣かせたのはこのときが人生はじめて。

あんたがこんなニンゲンに育っていたとはお母さんは今日まで知らなかった・・・(泣)
 自分さえよければいいと思うようなニンゲンに育ててしまったとは・・・(泣く泣く)」
私が何をしてしまったかというと、ビスケットを食べただけです。 
妹も弟もまだ帰ってきてないのに、あるだけ全部食べた。
だって、テレビ見ながら箱のなかに手をのばしていたら、いつのまにかなくなってしまったんだもん。
 

ビスケットを食べてしまった罪で、母から三日も口きいてもらえなかった高校一年生。
今からおやつを買いにいくから、といっても許されず、母も別のおやつを用意せず、私に冷たい視線を送りながら
「おなかすいた~おやつは~」と次々帰ってくる幼子たちには何の説明もしないのでした。


これおいしいから、他の人にも食べてもらおう。これはもうとてもとても根強く、

自分さえよければいいと思う人間になってはいけないというしつけは、母の涙とともに植え付けられた回路、いえ刻印されたトラウマ。うちの畑とお客様を結ぶ私の仕事の核にあるのは、これかと思われます。

 

上記は2014年に書いたものを少し加筆したものです。

今の私は上記とは違う考えをもっています。

 

親のしつけで性格が変わるなんてことはないと思います。

親が同じで育ちが同じでも、きょうだいの性格はまったく違いますもん。

今日も、それを裏付ける本を読み終わりました。

利他的な性格、人を思いやる性質、またはその逆の性質が発現するそれぞれの脳のタイプがあるらしいのです。

 

ある種の人たちはものすごく怖がり。高いところを怖がったり飛行機を怖がったり、人生に潜む様々なものを怖がっている。

自分の恐怖心に敏感なのと同じように、他人の恐怖心にもものすごく敏感。

そういう人たちは、他人に寛容で哀れみ深く、親切な行為を、家族と他人と区別なくできる人が多いという研究結果があるそうです。

 

逆に、おびえの表情をまったく識別できない一群がいるそうです。

彼らは自分も怖いと思うものがなく、他人の痛みや恐怖を想像することも、まったくできない。

その結果、というのか、そのような検査結果の出る人たちは、他人をいくらでも痛めつけることができるサイコパスと呼ばれる人たちにぴったり重なります。

 

人間の作ることのできる表情でもっとも赤ちゃんの表情に近いのが、恐怖の顔なのだとか。

赤ちゃんや、赤ちゃん的なもの、弱いもの、困っているものに、普通の人間が愛情を示したくなるのは、おびえの表情に似た赤ちゃんの表情をかわいがるようにセットアップされているからなのだそうです。

 

こうしたシステムをつかさどるのは主に、脳内にある扁桃体と、これに作用するホルモン、オキシトシン。

怖がりであり、他人の心に生まれた恐怖心にも敏感な人は、扁桃体とオキシトシンが敏感なのだそう。

サイコパスはこれがまったく敏感でない、という研究結果があるそうで。

もちろんこれにも例外があり、オキシントンを処方すればサイコパスの性格が変わる、とかそんなシンプルな話ではないのですが、人格といわれるものは、脳のつくりの違いである程度は説明がつく可能性があるようです。

 

私は本質的に、かなり怖がりで、びくびくしている性格です。

でも、それでは生きていけないと14歳くらいで考えまして、かなり意図的に恐怖心に鈍くなろうと努力しました。

努力でなんとかなる部分もありましたが、「いつも困った顔をしている」と言われる20代でもありました。

 

その後、アグレッシブでやっていかないとにっちもさっちも進まないマスコミ仕事に携わったため、

「こわがりなのに勇気がある」と近しい友人に言われる人生。つまりそれはそれはストレスの多い人生を歩むはめになりました。

怖いよのなかをどうやって生きていけばいいのか、しょっちゅう途方にくれながら、もう仕方ない、えーいっ、て橋を飛んで渡るのを繰り返してました。

 

怖いことはすべておっとに任せて、まるなげしていればいい人生になったのは、結婚してからです。

怖い、と思いかけると、そうだそうだ。怖いことは全部おっとに丸投げしていればいいんだ、と思いなおして、ほっとしたりしています。

それでも長年の全部自分で背負う癖がときどき顔を出して、ひとり悩み苦しんだりしていましたが、

病気になってからは、ほんとうに全部、ぜーーんぶ、怖いことや嫌なことははおっとにしょってもらってます。

薬を飲む時間さえ自分で覚えておかなくちゃ、と思う必要はありません。

覚えておくのはおっとの仕事です。

 

人格に自信がないどころか、生きていくのに自信がなかった私は、もっと早く全面的に丸投げして生きていればよかったのになあ。と思ってます。

一日中おっとが出かけたりなんかすると、「いつ帰る?」と何度も電話するめんどくさいツマです。

 

 

参考文献:『恐怖を知らない人たち』(角川書店)

 

 

 

 

キムチ、お米、お茶、野菜、コチュジャンのご注文は

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今日のランチはこれじゃあ。キムチも人参も春菊もネギもシイタケも自家製。豚肉とアサリを買ってこなくちゃ!

 

 

と人生の終了を前向きに結論した日がありました。

 

自然療法でがん治療をすることに限界をかんじて、近所の病院で抗がん剤を検討したときのこと。

医師から提案された抗がん剤のレシピは、私の経験を聞いた医師が推し量るところによると

 

「味覚異常が出ますね。高い確率で」

 

とのこと。

 

「それはいつまで続くんですか」

「薬は生きてる限り続けないといけないから・・・・一生ということになります」

 

病気を最初に告知されたときも、再発を告げられたときも、とくべつ感情的になったりはしませんでしたが

一生味がしない人生?

わたしたちの農園の桃の味が、もう一生味わえない?

と聞けば話は別です。

初めて医師の前で泣きました。

そして

家に帰るまでに「治療はしない」と決めてしまいました。

だって。

んな。

無理だもん。

 

味のしない一生を過ごすくらいなら、

おいしい余生を過ごします。わたしは。

 

ときは5月。

来月にせまった桃の収穫を楽しみにしているのに、今年だけ味わえないだけのではなく、今後死ぬまでずっと味わえない。

 

ならば、今年の桃だけは味わうことにする。次はなくていい。

そう判断しました。

 

この時点で葡萄は間に合わないと覚悟しました。

太秋柿といちごは完全に無理。

 

秋まで生きてないと別の大病院の医師が言っていたことがリアリティを増していました。

猛スピードで体調が悪くなり続けていました。

 

 

近所の病院に行った日に決めたことを、「結果報告」として押川先生にメールしました。

抗がん剤は受けないことにしました、と。

押川先生とはそれまでに十数回のメールのやりとりをさせてもらっていました。

近所の病院に、抗がん剤の可能性をはかるために出かけたのも、もとをただせば

押川先生に説得されたようなものです。

 

会ったこともない押川先生は、メールのやり取りしかしていない「私の抗がん剤拒絶決定宣言」を聞いても、「あ、そうですか」で終わらせませんでした。

 

私の主治医でもないのに、

私が気にしている「味覚異常」の原因と考えられる薬剤は、味覚障害のないこちらの薬剤にかえても効果は同じだとか、

百%の薬剤量でなくともこのくらいの量でもやらないより十分効果がねらえるであるとか、

「あとでお金をコンサルティング料金として請求されるかも」と一瞬思ったくらい、

懇切丁寧な、ロングロングメールを送ってくださって、もう一度近所の病院に行くように勧めるのです。

 

押川先生のメールに従い、もう一度、近所の病院をたずねることにしました。

 

「お友達の腫瘍内科医からこういうアドバイスを受けたのだが」(この口上も押川先生のアドバイスです)

と、先生の抗がん剤レシピでやれないかと相談しました。

 

近所の病院の返事はあっさりしたものでした。「2割以上減薬は当院ではできません」

 

私、いくことにしました。

押川先生は「もしその病院がダメだというならうちでやりませんか」

と言ってくださっていたのです。

ネットで発見した押川先生の病院が、自宅から2時間の場所にあるのはラッキーでした。

 

最初から押川先生の病院で抗がん剤治療を受ける、と考えればよかったと思うでしょうが、

抗がん剤そのものを、そんなに積極的に受けたいと思ったことは一度もなくて、抗がん剤治療を受けると決めた時点でも抗がん剤に期待していたわけではなくて、

 

要するに、ここに至るまでの押川先生のメールの応対に、メールをもらうたびに、ある種の感動を繰り返していまして、

「この先生と治療をしてみたい」という気持ちだけが確固としているだけで、

抗がん剤治療に取り組むことに意欲満々、イケイケだったわけではけしてありません。

 

東京の友人がこのあいだ、こんなことを言ってくれて、あ、それはそうかも。と思いました。

なんといったかというと。

 

「味覚障害で一生を終えるくらいならこの命はいらない、ときっぱりと決めたこと、自分の価値観を貫いたえみこさんらしさが、次の扉を開いたのかもね」

 

 

本当にそうです。

近所の病院のいうとおりにして、我慢しながら抗がん剤治療をはじめても、私は途中でやめたに違いない。

そして私は抗がん剤の悪口をいいながら、体は低空飛行しながら不時着する寸前のところに・・・

いえ、遅からず、不時着してたでしょう。

 

治療は、もういいです。

そう決められたのは、私のなかで、うちの桃を味わうのがめちゃくちゃ大事なことで、おいしいものを味わえない人生なら生きてる意味がないという価値観が自分の中ではっきりしていたから。

 

治したいという明解な気持ちがあって押川先生のところにいったわけではなく、

押川先生は何をしてくれるのか、とても興味をひかれ、好奇心にひっぱられて宮崎での抗がん剤治療を決めたと思います。

 

抗がん剤が効くときの条件として押川先生があげていたのが次の三つ。

1、患者の栄養状態がよい

2、患者にやる気がある

3、患者と医師の相性がよい

 

緩和治療のおかげで栄養状態は月をおうごとによくなり、赤血球200台、ヘモグロビン値7台だったのが、いまやヘモグロビンは人生最大の13台。肉食率を人生最大にしているせいかアルブミン(タンパク質)も人生最大値。

 

抗がん剤治療を始めてからというもの、体の諸症状は月を追って消えていき、

腫瘍マーカーは三か月で9割減で、半年で体重は9キロふえ、腫瘍が消えている場所も散見されています。

 

いまになって思いますが、きんじょの病院では

私が「副作用のなかでもとりわけ味覚障害がいやだ」といったときに、

「じゃあこっちにしませんか」という提示が行われないのはなぜなのでしょう。

薬の選択肢はまだまだいっぱいあるというのに。

 

「2割以上の減薬はしません」ってどうして病院でそれを決めるのかな?

がん治療は医師や病院が押し付けるものだと決まっているのはなにゆえ?

「治療ガイダンス」はガイダンスであって、マニュアルではないのですから、患者の個々に合わせてカスタマイズする仕事を押川先生のようにやればよいのに、うちの近所の病院でそれをしないのはなぜ?

外科医が手術の片手間に抗がん剤を決めているだけで、専門医をおいてないから。

それだけか???

 

先日SNSで、「自分の勤めている病院でレイキを患者に施したために病院をクビになった若い医師」の話を読みました。

その方が自然療法を病院の患者に施す前に、標準医療でできることを十分にやったのかどうかが気になりました。

「標準医療ではがんが治せないからレイキを行った」というのは、まったく信用できません。

「標準医療をマニュアルどおりにやってもがんが治せないからレイキを行った」ならわかります。

 

その若い医師は、医師としてできることをすべてしたのか? 

 

レイキが効くかどうかは、施術する人と施される患者によると思うので、否定も肯定もしませんが、

その医師が「アンチ標準医療」を掲げながら、「効果の出る率が極めて低い療法」を、「高額な料金」で施すクリニックの経営者にならないことを願ってやみません。

 

 

 

ちなみに宮崎にある押川先生が非常勤で勤めている病院は宮崎善仁会病院。

毎月東京で公開セカンドオピニオンライブを開いています。

次回は
日時:2018年12月22日(土曜日) 11:00 ~ 17:00
場所: NATULUCK飯田橋東口駅前店 2階中会議室
東京都千代田区飯田橋4-8-6 日産ビル 2階中会議室
連絡先  fwka5644@nifty.com

 

 

 

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バベットの晩餐会

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このタイトルを知ったのは映画からでした。

20代の半ばに映画館で見て、ものすごく好きになった。

映画公開時のポスターイラストを描かれたのは高橋常政さん。

私はこの絵に掴まれて映画を見に行ったようなものです。

この絵が好きで好きで何枚もちらしをコレクションし、部屋に貼っていました。

今みても好き。この絵が欲しい!!

 

映画公開から数年たって、なんと私は高橋さんとお仕事させていただくようになりました。

一緒に唐津の隆太窯へ取材にいったこともある(おいしいもの作家の佐藤隆介さんも一緒で。とってもいい思い出)。

 

私が希望したのではなく、アートディレクターの江島任さんが高橋さんを呼んだのです。

「前にあったことがありますよね」と初対面の顔合わせのとき、高橋さんは私に言いました。

「いいえ、絶対にありません」と私はいいました。

だって高橋さんの私は大ファンなのですから前に会ったら覚えてないわけがない、

といえばよかったのに、こういうときにそういう言葉を言えない28歳でした。

 

「ああ、君は忘れているんだ」

 

高橋さんは絶対に私に会ったと主張し、私は絶対に会ってないと主張する、へんな初対面のあいさつでした。

 

高橋さんのこの絵と同じくらい、この映画もすばらしかった。

特に後半の料理に関するシーンは私の人生にかなり影響していると思います。

どういう影響かというと・・・今考えましたが、私はうまい料理を作る人へのリスペクトが強すぎるとこがある。

表面には出てないかもしれませんが、緊張するのです。

巨大企業の社長とか有名人とかにはびびりませんが、おいしいものを作る人には緊張する。

 

映画を大好きになった私は、原作を読みました。

 

すると原作も大好きになり、読み返して読み返して、読み返しました。

読んだ回数最多の本といえば、私の場合『バベットの晩餐会』。

何度もめくられたせいで本はふくれあがり、ページは茶変し、汚れとシミがいっぱい。カバーはとっくに消失しています。

 

いろんなことが20代のときの私と今の私は違うのに、「バベットの晩餐会」愛だけは、変わりもせずずっと好き好き好き。

 

ひょっとすると、年をとるほど好き度が増している? たぶんそうです。

 

最近になって、こんなに好きなのに映画のDVDを買っていない自分が変である、と気づいて

ネット購入しました。昔調べたときは高くて買う気になれなかった(DVDにはケチなんです)。

いつのまにか安くなっていた。クリックしたら翌日には届きました。

30年ぶりに昔の恋人に会うような思いで昨夜それを見ました。

 

映画を見終わったらいつもの就寝時間はとっくに過ぎていて、ふとんに入った私は照明の消えた部屋で、布団に入ったら即座に寝息をたてるタイプの彼はもう寝てたかもしれないけど、おっとの背中にむかって、

「私やっぱりあの映画好き。全映画のなかで一番好き」

ほとんど愛の告白のように熱っぽく語っておりました。

 

映画の前半は退屈するし、いったい、なんという退屈な映画であろうかと思うかもしれませんが、

それも重要な伏線だとあとになってわかりますから、ちゃんとみてください。

 

そもそも作者イサク・ディーネセンが好きなのです。

筑摩書房のちくま文庫版「バベットの晩餐会」に入っている「エーレンガート」も何回読み返したかしれない珠玉の短編。

 

 

やっぱり言いたい。

「バベットの晩餐会」は料理にたずさわるすべての人が読むべきだと。

 

料理がもたらす感動は、食べた人の精神を、その根底を、本人も気づかないうちに変えてしまう。

それはすばらしい音楽や美術やダンスや演劇やドラマと一緒なのです。

 

9月に私は逆バベットの晩餐会にいきました。

集った仲間たちが不機嫌になっていき、食べ終わると喧嘩が始まるという・・・

どんな料理がここまで、なかよしの仲間たちを不幸な夜に導いたか?

まずいとかじゃ言葉が足りません。愛のない作りて。エネルギーのない食材。表面だけのサービス。

 

地球を守ろうとか、環境を守ろうとか、そういうスローガンもときに大事なことですが、

おいしいものは、食べた人の心をこんなにも輝かせることができるのですから、おいしいものこそ地球を救う。

全つくり手は、それを肝に銘じないといけません

毎日のご飯の作り手も飲食業の作り手も野菜やコメや果物の作り手も。

 

話が飛びますが、NHKの「探検バクモン」の再放送をみました。

テーマは神田のカレー。

番組の最後に、究極のカレーとして出てきたのが、約20年前に私が雑誌のために取材したシェフだった。

こんなにもプロセスが複雑で、大量でないと作れないカレーを家庭で作るのは無理だとわかりながら、それを再現するためのレシピ製作のために、2日かけてカメラマンとともに厨房にはりついたシェフが20年ぶりに出てきました。店が違ってた。独立されていたんだ。

 

昔と変わってない作り方。昔と変わってないご本人。20年たっても変わってないってすごい。ブレがないんだな。

鈴木シェフもバベットのひとり。

 

錦自然農園もバベットな農園でいたいです。

 

 

 

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キムチの味はそのときの素材で変わります。
野菜や唐辛子の収穫時期によってみずみずしさや質が変わり、できあがりの味の違いを生みます。



キムチを作り始めました。

こういう日を迎えられるとは今年の前半はまったく思いませんでした。
今日より体重が9キロ少なかったころ。

なんでそんなにも痩せていたのか。
それは病院にいかなかったから。

たいていのがんには自覚症状がありません。
自覚症状はじょじょにゆっくりと出てきて、途中からスピードをあげていき、生活がしにくくなり、あげく寝ている時間が一日のほとんどという状況になっていく。

ああやばいなあ、と思うものの自分の信念を手放したら、心も体も空中分解してしまいそう。
がんばれわたし。みんなもがんばっている・・・。

この「じょじょに悪くなる」の時期、普通の人は病院にいき、早期に治療を開始します。

再発の場合、初発(原発・最初にみつかるがん)と比べて、大急ぎで治療を開始するかどうかで生存率が変わることはないそうですが、ある臨界点を超えると「遅すぎる」ということになります。

素人にも玄人にも、どこが臨界点だったか、過ぎてみないとわかりません。
がんの治療は、なんにせよ、急ぐにこしたことはない。ゆっくりしている時間はないというのが事実であります。

ところが。
私たち夫婦のように、ねっこがスピリチュアル系で、生活と仕事がオーガニック系だと、ことは面倒になります。

もともと、化学物質を人並みよりうんと少なくしかとってこなかった。
薬はほとんど飲んでこなかった。

ネットを回遊する日々が始まります。
人からの情報もどんどんはいってきます。

断食がいいとか、モリンガがいいとか、重曹がいいとか、米はやめろとか、玄米を食べろとか、びわの葉温灸でがんを治した人がいるとか、心理療法でがんは治るらしいとか・・・・・・・

根っこがスピリチュアル系で、生活と人生がオーガニックに傾斜している人はここで、
人生をかけたチャンレジをしたくなってきます。
これで治ったら私も●●さんのように講演活動をして仕事にできるかもしれないとか。思う。
講演までしなくても、自分の治った経験をいつかだれかに、私の場合は特に農園のお客さんにしてあげたい、と思う。
ここに書かれている「奇跡」な話が自分にも起こればいいなと思う。

わりと簡単にチャレンジの火がつくのは、ネットなどにあふれる「●●でがんが消えた」情報がじつに多彩に、山盛りに、無限とみえるほどたくさんあるから。

この時点で、チャレンジャーたちはまだ知りません。
「●●で治った」人の大部分は、病院で標準治療も受けているのに、病院治療を受けた部分が情報から意図的に削られていることを。

「病院の標準治療を受けたうえで、自分の力でがんを治そう」という啓もう活動をしている杉浦貴之さん(雑誌「メッセンジャー」主宰)のような人もいるのですが、

「病院治療なんてとんでもない。肉食、白米とんでもない。玄米菜食しなければがん患者に未来はない」という「がんの患者学研究会」のようなところもあり、ネット情報の多くはこちらに沿っています。

私も「がんの患者学研究所」におおいに励まされ、無治療の道を突き進む原動力にさせてもらっていましたが、
結果はどんどん悪化していくだけでした。

体重が減り続けて、歩くのが難儀になっていき、寝ている時間が長くなっていく自分。
毎日少しずつ少しずつ死に近づいていく自分をひとりでみつめている時間というのは、つらいものです。

病院にいくのは、負け、のような気がする。
がんは、自然療法で治してこそおもしろい。
おもしろいというのが、どこまでも重要な人がいるのです。私?

それでも痛みさえなければ、死ぬまで、この方法を続けたと思いますが、
私の場合、ラッキーなことに痛みが早い時期から始まった。

耐え難い痛みのおかげで、
病院に行き、緩和治療だけは受けようと思うにいたり、
緩和治療と同時期に、ネットで出会った医者に質問をしては返事をもらう、その繰り返しをしているうちに、

「抗がん剤治療を受けてみよう」

と心がスイッチを入れたのでした。
これが5月のはじめ。
あの、痩せてる有名女優はこんな体形だったのかと初めて知る「164センチ、43キロ」。 

薬の治療をはじめてからの変化は想像を軽く凌駕していました。

日がたつごと、月が変わるごとに、肉がついてきて、体がしっかりしていき、歩ける距離が長くなり、先月の10月に東京へ旅行し、一日じゅう歩いて、友人たちと大笑いする時間を重ね、夜は久しくなかったような「ドカン」と深い睡眠を毎日して、帰ってきた日は20時間くらい熟睡して、目が覚めたとき、「前と同じになった」と感じました。


薬の副作用を消す薬はさまざまに開発、販売されています。

私は強い薬を使わないといけないため、薬の副作用もさまざまに発現し、その副作用のための薬も各種処方され日々服用しています。

しかし、ひとつだけ、どうしても副作用対策ができない副作用がありました。

それは何かというと、便秘。
これのおかげで9月末までは、一か月に数日寝込んでいました。
便秘で寝込むって、いったい何十日ためるのだ? と思うでしょうけど、
私の場合、便秘といってもとっても軽度なのです。
便秘の軽重のレベルは問題ではなく、便秘になるだけでものすごく苦しくなってしまうのでした。

脂汗を流し、夜通しうなりながら苦しむというレベルです。

それがあるとき、主治医が新たに薬を処方してくれまして、服用しはじめますと、苦痛がぴゃーーーっとふっとんでしまいました。
なんでこれを今まで処方しなかった! と最初は怒ったくらいです。

その薬は2017年に販売開始されたもの。
主治医はその薬のことを忘れていたのでしょうか。それとも探してみたら「あった」ということだったのか。
どっちなのかは今度聞いてみますが、いずれにしましても、
この薬の開発よりあとに、私にこの症状がやってきたことが、じつにラッキーでした。

薬の開発が日進月歩というのをリアルに感じる最近です。

私の「持病」は一生治らないのですけれど、悪くならないように薬で抑えておくことができていれば、いつの日か
新しい薬が登場して、私の運命を変えるかもしれません。

そんな病気は、世の中にやまほどあるようです。
去年までなら死ぬはずだった病気が、今年になって販売開始された薬のおかげで生き延びることができる。

老人が薬をやまほど処方されて薬づけになっているとかが、テレビでよく報道されるせいでしょうか。
薬の薬害で致命的な病気になり、製薬会社を訴えるシーンがニュース番組でみられるせいでしょうか。
薬の悪い面ばかりが日本では有名になり、薬嫌いを増やし続けています。

だけど、薬のいい面は悪い面の何百倍もあります。

十年前に、今と同じ病気になっていたら、とっくに私は死んでいました。
今ほど十年前はよい薬が開発されていなかったから。

十年前ならできなかったことが、科学技術が毎日進歩しているおかげで、
その積み上げのおかげで、
私が受けている薬が新薬として認められるにいたり、
私の手元に届けられ、
私はキムチを作れるくらいに元気になりました。


強い薬を受け入れるには、私の体がオーガニックすぎると信じていた私は、
食事療法や体を温めることや心理療法やビワの葉療法や、とにかくいろいろな方法をやっていましたけれど、
薬で得られたほどの効果はどの方法からも得ることができませんでした。


今になって主治医から「間に合ってよかった」といわれます。
初めて私の状態を示すCT画像を見て、「(こんなになるまで)よく我慢しましたね」と言われました。
もう少し遅かったら、最新の薬であっても効かなかったかもしれないのです。

がんはゆっくりと悪くなる、と信じられていますが、それはがん種によって違います。

手遅れになる前に、病院治療を始めてください。

オーガニックに信を置いている人ほど、
がんで病院治療を受けるのをいやがり、最終的に遅すぎる治療開始となり、
早すぎる終わりを迎えてしまうことが、私の周囲で続いております。


どこにも届かないかもしれないけれど、
届けばいいなと思いまして、今日も書きました。


キムチが作れるまでに元気になった。
病院治療を始める前より9キロも体重が増えた。

私の治療はなにもかも、まだ途上で治ったわけではないし、結論はなにもでていません。
が、
日本の病院では
こんなに最前線の治療を
こんなに安くやってくれる

ラッキーだなあ、ありがたいなという気持ちは、日々増すばかりです。

この気持ちを全部こめて、農園の商品をつくり、発送させていただいております。





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東京のゆかいな仲間たちレポート、まだ続きます☆

表参道のイタリアンレストランでお食事をしているとき、アートディレクターの友人が言いました。

「えみちゃんって『人生が体験取材』の人だったから、このがんも面白い流れにしてくれるんじゃないかって期待してるのよ」

私も言いました。

「そうなのよ。この際一回死んじゃって臨死体験レポートを書くために戻ってくるとか。生まれかわりは本当にありましたって、転生した二歳児になって書き手交代、とかね。そのとき著者は二人の名前になるのかな」

そこで一同大爆笑。

「あんまり早すぎると書く能力がないから、転生してからもうちょっと時間ほしいかもね」

と編集者の友人。
スピリチュアル方面に事情通のアートディレクターは、こんなことも言ってました。

「最近は生まれ変わりまでの時間が短くなってるんだって。近い場所に生まれ変わる人が増えているって話よ」

「ほう。そりゃいいね。みつけてもらいやすいってことね」と私。

「サンマ●ク出版の編集者が、本はまったく売れないけどスピリチュアルだけは売れてるからスピリチュアル企画があったら声かけてって言ってた」

とイラストレーターの友人。

「じゃ、そのときは企画提案よろしく。イラストも描いてね」

「もちろんよ!」


例のすぐ怒る“スピリチュアル有名人”の名前もここでは通じるので、爆笑につぐ爆笑でした。


こういう話ができる友人がいるのはとてもありがたいです。
そこにいた編集者とアートディレクターは、私のがんの再発がわかったとき、「毎日、定刻に●日間二人で祈るから」と連絡をくれました。何日だったか忘れてごめんなさい。

その時刻には必ず布団に入っているようにして、ふたりの送ってくれているものを受け取るように心がけました。

数か月後に流れを一転させる押川先生との出会いを得られたのも、そこに原因があったかもしれません。
今頃気が付いたけど、お礼を言うの忘れてました。

編集者の友人は6年ほど前に「天使」を送ってくれまして、私はそれを浮遊する丸い三つの光としてみました。
トンデモ話続出ですが、友人たちは出版不況のこのご時世にもいい仕事をしているすご腕さんたち。
離れて住んでいても私の元気の源であります。


でも、ですね。


今年になって、
とてもリアルに死を考えられる立場になってからのわたしは、考え方が少し違ってきたようです。

「臨死体験は睡眠時の夢を語っているだけかもしれない」
「生まれ変わりはないとは言い切れないけど、あるという証拠がない」

10代のときから奇妙な体験の宝庫みたいな私は、寝ているときに天井の木目を間近に見てしまったとか、真夜中に天井から光がさんさんと差し込んでくるのを見たとか、意識がちゃんとあるのに、これは前世の風景かも、と思わせる光景を見てしまったとか、あげればきりがないほどいろいろあるんですが・・・・
ミャンマー人の友人からリアルな生まれ変わり体験を聞いたこともありますが・・・・・


証拠がないことを、あいまいにしたまま、信じることができない、と思うようになりました。


人は自分の死をほんとうにはイメージできない、という説があります。
フロイトだったかな。

ベッドに横たわり死体となった私が、周囲に家族をはべらせている光景。
お葬式に飾られている自分の写真、その写真をみつめる黒いスーツ姿のおっとの顔。

そんなことを思い浮かべることができたとしても、それを見ている視点があるということが、私は自分の死をまだ認めていないことになる。

魂だかなんだか、無限につらなる「私」があると思っている。
というか、思いたがっている?


私の友人は男子中学生だったときに、父親の葬式で、
まだ親族しかいない時間に、葬儀会場で、
「お父さん、ここにいるんだったら、祭壇の右から5番目の菊を動かして」
といったのだとか。
すると、菊がかすかに揺れて、会場は阿鼻叫喚に包まれたそう。
「おじさんたちから、なに馬鹿なこと言うんだって怒られたんだけど、なんで怒るんだって中学生の俺は思ってた」


これをお父さんの魂だか霊だかの存在に結び付けるか、たまたまの偶然というかは、人それぞれですが、私は偶然だと思う。


人は全員死ぬ、ということを生きている人はみな知っているし、疑う余地はない。
だけど、死んだ先の情報は何ひとつ明らかではない。


A 宗教から信条ごとに答えをもらうか
B 物理的な知識から答えを得るか
C 哲学的に自力で答えに迫るか。

みなさんどれかを選んで、なんとなく納得しているから日常を生きている。
死に関してなんらかのイメージを持っているからお葬式にいったりできる。


私はどれを選んでいるのでしょうね。改めて考えるようになりました。
がんが「いい病気」だといわれるゆえんはここですね。
じっくりと、自分の死を迎える準備ができるところ。

誰もがそれをできるのに、リアルに死を感じられないために、先延ばしにし続ける人がほとんどではないかと思います。

言わせてもらうと、ずっと前から死に向き合う練習をしていました。
「二週間後に私の寿命がくることになっている」ときめて毎日を過ごす遊びはよくしました。
安易に人にいうと「うつ病?」って心配されますが、これはとってもおすすめです。
やってみれば、日々の充実度が変わるのがわかります。
私の葬式に私はいないわけですから、「これが最後のお別れなんだ」と思いながら
一人ひとりと会うわけです。そして別れるわけです。
何をされても、何を見ても、これが最後かもしれない思えばすべてがありがたい。


もともとヴィパッサナーをしていたことの影響は大きいと思います。
瞑想中、ここから先に行くのは怖い、とおびえるときがありました。
それはおそらく、死へ向かう怖さ。
自分が消える怖さ。
無限の宇宙に溶け込み消えて「自分」と信じたものがじつは何の実態もなかったと認める怖さ。
死ぬのなんか平気だと思いながら、やっぱり怖がっている自分を知るのはいいものです。
瞑想は死ぬ練習です。


人が死を恐れる理由は、ゼロになる恐怖かも。
これをごまかすために、宗教は物語をこしらえているのかもしれないと最近思います。


死は意識しようがしまいが、万人に訪れ、死にゆく順番も決まってないわけですから、誰もが死の練習または死に向き合う練習をしておくにこしたことはないと思いますが、人それぞれの考え方ですね。


再発がわかってまもなくアマゾンから入手した本は、トルストイの『イワン・イリッチの死』。
買いはしたけど長いこと読めなかった。怖くて。

思い込みで行動を決めるより、自分が思い込みしているのはなにかをわかりながら、『これを思い込むことにしよう』と決めている自分を自覚しながらいきたいですね。




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主治医の押川先生の東京でのセミナーの申し込みが今日までなのでおせっかいにも拡散します。

がんの予防ができるならするにこしたことはありません。
予防できる要因は、全要因の半分以下らしいですが(喫煙よりほかのところにもあるらしいです)
予防のために、聞きにいってみませんか。
二人に一人ががんになる時代。50歳過ぎたら急に増えてきます。
この一週間で私のところにがんによる訃報が二軒も飛び込んできました。
両方男性。40代と50代。
仕事ができない、出費が多い。こんなことがあれば十分人生かわりますからね、がんにはならないにこしたことはありません。
たった一日のセミナーが、ご家族におおいなる実りをもたらすかも。

>>>

11月24日(土)東京 田町で13時~18時に開催されるセミナー祭りの事前申
し込み〆切は本日10月30日まででしたが、明日10月31日まで、もう一日延
長します。
演題名は
「がんの防災・アクティブ緩和ケアが、あなたの人生を守る」
です。
健康に敏感な方はがん予防のために、かなり気をつけていると思われます。
しかし、巷で言われているがん予防のための数々の心がけの本当の意味は、
「予防できるがんの原因」の範囲内で言われているに過ぎないと知ってい
ましたか?
そして発がん要因のうち、予防できる原因の占める割合は半分以下という
ことを知っていますか?
実は発がんの最大の危険因子は〇〇なのです。(注:喫煙ではない)
これを意識せずして、がん予防を頑張ってもむなしいことになります。
予防に熱心な方でも、不幸にしてがんを発症した後どうすれば良いかとい
う事まで、事前準備できている人は、残念ながら少数です。
だれもが自分はがんになるはずがないと思っているためですし、縁起でも
ない話は最初から近づきたくないからです。
しかし日本人の二人に一人ががんになると言うことは、家族4人いたら、
そのうち2人は生涯がんを発症する可能性がかなり高いと言うことでもあ
ります。
それをわかっていながら、対策を取らないことは将来への借金を負ったま
ま過ごす事に等しいでしょう。
よって「がんの防災」という考え方が重要になってきます。
予防だけでなく、被災した後の被害拡大を防ぎ、復興まで含めた「防災」
の考え方が、今までのがん教育になかったことが不思議でしょうがないの
ですが、そこに「緩和ケア」の仕組みを入れ込んだのが「アクティブ緩和
ケア」です。
緩和ケアはがんを発症していなくても有効なことを知っていますか?
金銭よりはるかに重要な将来へ投資としての「大人のがん教育」を受けて
みてください。

さらに講演直後からおこなう一人10分1000円の個別セカンドオピニオンは、
すでに6人予約が入っており、あと2人のみ枠があります。下の方の申し込
みリンクよりご登録ください。
なお申し込みしても、登録完了メールが届かない方は、迷惑メール処理な
どで不達の可能性があります。
090-4517-5403宛にSMS(ショートメール)ください。

>>>
以上押川先生のメルマガより



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「完全にいっちゃいました」

乳がんになった知人のその後のことを「元気かしら」と聞いたらこの返事。
いっちゃったって、いったいどこへ?
びっくりして体がついつい話し相手のほうにつめ寄ってしまいました。

「代替医療。統合医療? ●●(有名プロレスラー)が来ている・・・・ええーっと、名前忘れたな、けっこう高い金とる」

ああ、そっちか。
えーー?? ほんとに? ほんとにそっちにいっちゃったの???

「『もういい』んだって。『わたしの命はそこに預ける』って言って。抗がん剤、受けるのやめるって。そこの代表者は、医者でも何でもないんだけど。なんかよくわかんない団体なんだけど」

うーーーーー。言葉にならない言葉で頭のなかがいっぱいです。

その方はケトン食療法(糖質制限)で四期のがんを治療しようとしていたのですが、数ヶ月で急激に悪化して関西のあるクリニックから、『病院にいけ』と放り出されてしまいました。
そして、さてどうするか、となったときに相談をうけて、知っていることを伝え、一度は押川勝太郎先生のセカンドオピニオンライブに参加されて質問もしていたのに。
病院やめるのか。いったい、何があったのかなあ。

「会っちゃったらしいですよ。統合医療のそれをやっている人に」

会っちゃった? だったらそれはもう、仕方ないかも。
統合医療の団体は、魅力的な言葉と、気持ちよく言いくるめられる理論でおしてくるところが多い。
「強い副作用の可能性があり、それでも効果が出ない可能性が高く、5年生存率は0%です」
なんて病院がふつうに使う言葉はけして使わない。


先日東京に行ったときにも、友人とごはん食べているときに、「がんになったらどんな治療をするか」話になりました。

「統合医療がいいと思うのよね」

と言い出したのは編集者A。
彼女はお仕事の人脈で、有名ドクターや有名心理学者、有名ホリスティック医学翻訳者などなど、この分野の人たちと交流を深めつつあるようで、その言葉が出てきても驚きませんでした。

「統合医療ってなに?」と聞いたのはライターのB。私の書いているブログをけっこう精読してくれているそうで、がんとお金について、とくに目が開かれたと話してくれました。

「統合医療っていうのは、病院で受ける医療以外の医療すべてと思っていればいいのかな」と私。

がんについてしっかり勉強しているAが、

「最近は病院の医療も否定はしないみたいよ」

「そうそう。否定はしない。抗がん剤をはじめ標準医療を否定しないことで、このクリニックは偏ってない、という安心感を与えることがわかっているのか、そういうとこが増えている」

「問題がある病院もあるけど、ちゃんとしている先生の病院であれば大丈夫よね」

「それがそうでもなくて、本を何冊も出していて、いい人だと思われている医者で、とんでもない悪徳クリニックがあるよ。いいところもあるけど見極めがむずかしい」

「えーそうなの」

「ホームページ見ても、本を読んでも、言葉はきれいなの。抗がん剤は副作用でがんを増やすだけです、とか書いて病院治療を否定しているところでも、そうでないところでも同じ。
問題は治らない療法を、がん患者が最後のよりどころにして駆け込むことをいいことに、とんでもない値段をふっかけること。ふっかけても払う人がいるから、たいていは違法でもなんでもないけど。

なにが悪徳ってもう一ヶ月も余命はなかろうという患者にも、数百万円からひどいのは1500万円とかふっかけるんだって。それを患者は借金して払ったりするんだって。
遺族が訴訟を起こしたりして問題になっていることはNHKも特集してた。多くは免疫治療だけど、普通にどこのがん治療クリニックでもある温熱療法でもサプリメントでも、同じようにあとがない患者におどしをかけて金をふんだくるクリニックがいっぱい。

統合医療のクリニックで問題があるかどうかの見極めはすごく難しいと思う。
温熱療法とか酸素浴とかサプリメントとか食事療法とか、並んでいるもののリストを見て、こういうのがあったら悪徳とか、こういう言葉があったらやばいとかでは見きわめられない。

わかりやすくて明快な言葉を使うし、関係者はみんなすてきな笑顔だし、割烹着のスタッフがなごみのおもてなしをするクリニックもあるし、病院の冷たさとは正反対のイメージをブランディングしている」

Bが言いました。

「だけど、日本の標準医療は世界最高レベルなんだから、そんなとこいくことないでしょ」

「そのとおり。がんになる前はこんなすてきなこと発言しているドクターとともにがん治療をしていきたいと思ったって、実際がんになったら限度額といっても収入によっては十万円とか少なくとも五万円とか毎月病院に支払わないといけない。
長引けば一年で百万近く、運よく延命できれば数年で数百万。十年で家が買える。

これを払い続けて、なおも自由診療のクリニックに温熱療法とかサプリメントとか払える人はそうそういないよ。

基本的にお金持ち以外はクリニックでがん治療なんてできないの。
私たちビンボウ人は支払えない、というリミッターがあるから、ある意味幸せよ。
借金しても、貯金を全部使い果たしてもいいと考える人もいるから、ビンボウ人もいろいろだけど。
本当にかわいそうなのは、お金があるからいくらでも治療法を探せる人たち。
いろんなものを試して探して時間がたって、何も効果を出せないまま、死ぬ時期を迎えてしまう」

A「ああ、あの人やらあの人ね」

B「あの人もそうね」

私「あの人たちだけでなく、お金があればみんなすると思う。だから、あぶないのよ。統合医療とかをかかげているクリニックは。がん患者のそういう心理をくんでいくらでもありますよ、あきらめなくていいですよ、と治療メニューを次々ひろげてくれる」

B「病院治療よりもっといい治療があるっていう幻想をいだくのは、標準治療って言葉が悪いんじゃない? 標準とつけば、私はその上でお願いしますって言いたくなる。鮨みたいに特上お願いしますって」

私「すでに特上なのにね。アメリカではリコメンド(推奨)医療とかスタンダード(標準)医療とか言うらしいけど、日本に入ってくるときにスタンダードのほうが採用されたらしい。リコメンドならちょっと受け取りが違ったかも。

最近標準医療にちょっと偏見がある人が手術を医者から薦められているんだけど、ふんぎりがつかないと私に相談してきたの。
いろいろアドバイスをしたけど、もしもあなたと同じ状態の人が江戸時代に生きていて、手術できますよ、といわれたら大喜びで手術受けるね、って言ったの。私たちは現代の日本に生まれたから医療が受けられる。これってラッキーよね、と。日本に生まれたって70年前なら布団に寝てるほかなかったわけだし」

A「『JIN(仁)』か。あれはおもしろかった」

私「いまの時代に統合医療でも代替医療でも、これを受けることによるいちばんの不幸は、いつまでもあきらめられないことだと思う。まだまだ治る、わたしには可能性がある。そう思い続けることで、運命を受け入れられないまま死ぬのは、私はきついなあ」

A「保険を入院に厚くかけるのはどう?」

私「最近は入院日数がどんどん短くなっていく傾向があるし、入院より通院に厚い保険を探したほうがいいよ。うちのだんなさんはそうした。がん事情を知ってしまうと、保険をかけずにいられないみたい。
抗がん剤はまだ完治させるまではいかないまでも、生きてる時間を長くさせるには十分なくらい薬の開発が進んでいるらしいから、今後も必然的に長期にわたって通院する人が増えていくんじゃないかな」


忘れていましたが、私も統合医療の看板を掲げるクリニックのドクターからある療法についての話を聞いたことがあります。

典型的な統合医療のクリニックでした。
東京・銀座にあるそのクリニックのドクターはその分野の本をだしていて、私はその療法の名前を人から聞いたのです。
ネットでききかじっただけのことを、考えもなく、責任もとらず、がん患者に向けて広めている人から。

そのクリニックは地方に支店のようなクリニックをもっており、そこにだったら通える可能性があるかもと思いました。
いやたぶん、通えなかったでしょうが、その頃はほんとうに痛くって、情報に飢えておりました。

「何人の人がこれまで治ったのですか」と病院からかかってきた電話で質問しました。
「数字ははっきりできませんが、そんなにたくさんいません」というへんじでした。
「福岡にクリニックができるという話があるので、ここまできて受けなくてもいいかもしれません」
銀座の大先生ではなく、地方のドクターで、正直な人でした。

結局、福岡に施設ができたかどうか、確かめていません。
だってその一ヵ月後に受け始めた病院の標準治療(抗がん剤治療)で、
副作用がほとんどないのに、治療効果があり、痛みはなくなり、QOLは比べようもなく向上したのですから。


先日、東京でいっしょにごはんを食べたカメラマンのCさんが、
「25年前に悪性リンパ腫の3期だったが、抗がん剤治療を3ヶ月受けたらがんが消えた。それ以降再発もなし」
と教えてくれました。なんでもっと早く、一緒に仕事をしているときに教えてくれなかったかなあと思いました。
「抗がん剤しているときは味覚障害がひどくて何にも味がしなかった。もうそんなことすっかり忘れてラーメンばっか食ってるけど」
私が抗がん剤で苦しい思いをしているとき、「Cさんもがんばったんだから私も」と思えたかもしれないのにな。
がんサバイバーは、もっとその経験を周囲の人に語りましょう。

「副作用で死ぬだけだ」というデタラメだけが拡散されているのは不公平というもの。
正しくは、「副作用で死ぬ人もいれば、副作用の苦しみなんかすっかり忘れて人生を楽しんでいる人もいる」ですもんね。



◆◆統合医療とはなにか◆◆については、厚生労働省がとても親切でリアルに役立つサイトをつくっています。

「情報の見極め方」というタイトルのこのページなんか特にいいですね。

「分母を確かめよう」ですよね。これでがんが治った人がたくさんいます。といわれたら、そのたくさんは何人か? そして、何人の人が試して何人が効かなかったのかを明確にしましょう、ということです。

そんなこと質問したりしたら、先日のスピリチュアルな有名先生のように「そんなこと私に質問するなんて、あなたはレベルが低い。私を信じられないんですか」と怒り出す人もいるでしょう。そういう人の薦める治療法が効くわけないですよね。



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4日間を東京で過ごして帰ってきました。

偶然というには偶然すぎるおもしろいことがいくつかありました。ひとつは、最終日。

おっとは銀座近くで店を開いている友人のとこで焼き鳥を食べたあとに、
わたしは中目黒界隈で昔から大好きな中華料理とバーに友人と行ったあとに、

いくつか電車を乗り換えて宿泊しているホテル最寄の駅で降りたのですが、
なんとおっとも、示し合わせたように同じ車両で帰ってきました。私は驚愕、おっとはぜんぜん驚いてない。
「よくあることだよ、こんなこと」。言われてみれば、そ、そうかもね。

私たちは自由に生きているようでじつは何らかのコントロール下で動いているのかもしれない。知らないだけで。


もひとつ。これは東京初日のこと。有名スピリチュアリストの先生に偶然お会いしました。

この方のことは東京を離れた2010年まではブログの更新を楽しみにしており、ファンといえたと思いますが、
だんだんブログに違和感をおぼえるようになり、ずいぶんお名前にごぶさたしておりました。

お店をお持ちとは存知ませんでした。
たまたまの通りすがりです。びっくりして店に入りました。

店で売っているある「モノ」は、スピリチュアル業界ではこの十年くらいでじょじょに認められているもの。
そのモノが病気治しにも推奨されていることを聞きかじっていました。
一行は私と友人とおっとの三人。
友人は買う気まんまんだったと後でしりました。
店にスタッフしかいなければ、おそらく十分以内で何かを買い、店をあとにしたと思いますが、
そこにオーナーである有名スピリチュアリストが入ってきて、流れが変わりました。

有名スピ先生は、親切にも並んでいる商品を手にして友人の頭に寄せたりしています。あらこれって実演販売?

「ほら、さっきとぜんぜん違うでしょう」
「ほんとだ!」

私も一応お追従したりして。


「これからは●●医学の時代です。そのうち病院行く人はいなくなります」

講演のようなおしゃべりも始まりました。なんとも贅沢です。

「●●医学って、波動の医学とはべつものですか?」

質問魔の私はわかんないことを「へー」と聞き流すことができません。

先生の長い説明が始まりました。

「抗がん剤なんかしていたら副作用でみんな死にます。手術とかしたってがんが治せるわけがない。本当の原因を変えないで表面ばっかりするから・・・・・」

という部分は覚えているけど、あとはちょっとわかりませんでした。質問させてくれないし。

話を早くするために私はいいました。

「わたし、四期のがんなんです」

「ということは、余命も聞いているわけですね。どれくらいですか?」

いきなりそういう質問が投げられるとは私もびっくり。
きょうびの有名スピ先生は、がん患者の相談を相当受けてると見ました。

「●●くらいです」

と答えたものの、うちの主治医は余命なんて意味がないもの言う必要ないと考える人なので、主治医からは聞いてません。

数字を聞いて、有名スピ先生の目がきらーーんと輝いたか、素敵なカモが入ってきたわいと思れたかどうかはわかりません。

「がんは治るときは一瞬にして治る病気なんですよ。胃がんの人が●●を胃にあててがんがなくなったということがあります」

「そうなんですか? これ(●●を手にもって)で、がんが消えたと?」

「そう。がんになった原因があるんだから、その原因をかえれば、結果が変わるんです。
がんを作った生き方を変えればいい」

「そういうふうに言う人いますねえ。
がんを作った生き方を変えればいいと、わたし、これまで何人かにいわれました」

「人のことなんか、どうでもいいんです!(なぜかここでいきなりキレる)」

「生き方を変えるってどういう意味なのかよくわからないんですが」

「死んだっていいと思えばいい。無になれば、がんは治るんです!」

「死んだっていいと思えないわけじゃないですが、それでがんが治るんですか?」

「それがいけない。なんでそういう? だまされたっていいじゃないですか」

「いや、だまされてもいいって・・・・いっぱいだまされたもんですから。これで治るとかいわれて、治らなかったり、時間がたっただけで、悪くなってしまったとか・・・・」

「そこがおかしい。あなたは●●先生(●●=ご自身の名前)のファンなんだから、●●先生にだまされてよかったと思えばいいじゃないですか! ●●先生にだまされてよかったとなんで思えないんですか?」

「それはちょっと・・・・・あの、さきほどの生き方を変えるっていうのをちょっとお聞きしたいんですが、それは自己否定しなさい、ということですかね?
自分のやってきたことをふりかえり、自分をがんにした原因をさぐるってことは、私の生き方の悪いところを探り出すっていう意味でいいんですかね?」

「いいとか悪いとかじゃない! あなたをがんにした原因があるんだからそれを取り払った生き方を今!から始めればいいんです。過去にこだわれっていう意味じゃない!」

「でもそれはやっぱり・・・・・わたしは自分のいきかたが間違っているって思わないといけないって意味ですよね? わたしは、わたしの生き方が好きなんですが

「・・・・・・・それはいいことです。それを続ければいい」

どうやらこのがん患者、カモになる気がないらしい、と悟った有名スピ先生はいいました。

「わたしもこうやって時間とって話すのは仕事だから」

「そうですね。失礼しました。えーっとじゃあ、どれか・・・・(買っていかなくちゃね、と棚を見渡す)」

「あなた、ブログ読んでいるっていったけど読んでないでしょう? 読んでいる人はそんなこというわけない」

「じつは以前は全部読んでましたが、最近はちょっと読まないことが・・・。あ、この本、これを(買おうかな、と手に持ち直す)」

「抗がん剤とかやってないですよね」

「やってますけど」

「あ、だめだ、それは。どっちかにしないと。両方はむりです」

「えー、ダメなんですか?」

「自分が信じるものはどちらなのか? どちらかを選ばないと、何も効きません」

「・・・・・じゃあ(買おうという寸前のものをテーブルに置く)、わたしも圧(アツ)を受けながら買うかどうかを決めるの無理だし」



とこんなかんじが、店を出るまでのてんまつにござります。


そこからしばらく歩いて、もうっじゅううぶんに店から離れたというところで、三人のおしゃべりがバクハツ。

オットが言いました。

典型的な自然療法販売に使われているおどし商法だよなあ。どちらか選びなさい。こっちをとるかあっちを捨てるか!」

友人が言いました。

「エミがこれまでどういうインタビューをしていたのか、今日わかった」


私は言いました。

「いや、全員が全員にこうだったわけじゃないけど、何十年も先生扱いされてきている人は、逆らわないで、ハイハイって聞くだけの人になれているから、ちょっと最初に怒られて最後に『こんなこと初めてしゃべった』って感謝されたことは何度かあったよ。
でも今日の大先生は、すごかったね。最初からキレてたね」

「あんなに簡単にキレていいのお、ってかんじ」

「キミが、私は私のの生き方が好きですって言ったときあの人、すごく驚いてたな」

「ほんとほんと」

「売り込みかたが露骨だった」

「熊本からきたって言ったからかも」


スピ先生のブログの波動がどんどん私とあわなくなっているとかんじて、めったにサイトを見なくなったのですが
たぶん2011年まで読んでいたから、私が軌道をのりかえたかな。
錦自然農園で植物を売るようになり、お客さんと交流するようになり、何かが変わったんでしょう。


でも、センセイのおっしゃること、目の前で話されていたことが、間違っていると思ったのは抗がん剤のところ(笑)だけで、
あとはそんなに違うとは思いませんでした。

「抗がん剤で痛みがとれたのではなく、痛み止めのおかげで痛みがとれたんじゃないですか?」と言われたとき、

「そうじゃないですよ、センセイ、医学の知識がないのに適当なこといってはいけません。私の場合、両肺の腫瘍が消えたし、マーカー値は3ヶ月で9割近く減少したし、先のことはわからないけど今日までのところ、抗がん剤の恩恵で東京までこれました。
抗がん剤やったら副作用で全員死ぬって誰の入れ知恵?」

などと話したところで意味はないと判断したのは賢いことでした(自分でいう)。

「そうじゃないです」とだけいいました。


でも、最も驚いたのは実はここです。
私は私の生き方が好きです。
そんなこと、言ったことも思ったこともないです。思ったことあるとしたら、すごく深いとこでこっそり思ってたかも。
あのセンセイが目の前にいたから、その言葉が宇宙にはじきだされて、ことだまの波動をが銀河系にひろがっていきました・・・・なんちって☆
やはり私は、センセイのファンなのかもしれないです。


ちなみに私の東京旅で、最後のバーは「東山東京」のラウンジ。
11月になったら「星子」という梅リキュールのヌーボーが出てきますからちょっと行ってみてください。
バーテンダーのデニーさんは、絶滅危惧種の渋い渋いバーテンダー。
錦自然農園のウチヌノさんの紹介で、といったところで何もでませんですが、星子は素敵においしいです。

外苑西通りにあったデニーさんの「HOWL」というバーが五輪騒動でつぶされることになったときは、
うちのイチゴを抱えて東京行きました。
バーの最後の夜に、さんざんお世話になった癒しのカウンターで飲むためだけに。

もっとこういうふうに気楽にトウキョにいこう。これからは。
抗がん剤と同じくらい東京旅はいい治療になりました。

 

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先日実家に帰ったときのことです。
弟(40代独身)がハウス食品製のポテトチップスを買ってきているのを見た私が、
「食べていい?」と聞きながら袋をベリっと開けましたら、
横にいた母が目をまんまるにして大きな声で言いました。
「あんたはそんなの食べる人じゃなかったのに」
え? ちょっと驚きすぎでは? と怖がりつつ
「いいじゃん、べつに」とポテチを口にいれましたら母ったら、
「ええええ~~」と奇声をあげるのです。
なんですか、この過剰な反応は・・・。

その数時間前、スーパーに母と夕食の買い物にいったとき、最近内布家でブームになっている「歌舞伎揚げ」もどきをかごにいれたときから変なかんじがしていました。
「こんなの食べると?」と母。
「これくらい食べてもいいでしょう」
「食べていいけど、あんたはそんなもの手にする人じゃなかったのに」
「そう? 食べてなかった?」
「ぜっっったいに食べてなかった」

ま、そうかもですね。
小学生のときに初めて食べたマクドナルドのまずさに驚き、以降食べることはほとんどなく、
シェークだのアイスだのも無理。十代のとき、買うだけは時々女子高生に付き合うけど、こっそり捨てている女子もどきでした。

ポテトチップスを本格的に摂取したのは熊本にきてからです。おっとが食べるので付き合いで手を伸ばしました。高校生のときはまずかったけど、それほどまずくもなくて、よく食べた時期もありました。
冷凍食品を買うようになったのも熊本にきてから。買わないで毛嫌いしてはいけない、と買いましたが、やっぱりまずいのでやめました。

そういう人間ですが、インスタント食品や加工食品が体に悪いと思っていたから買わなかったわけじゃなく、
まあすこしはそう思っていたけど、体に悪いものを厚労省が認可するわけないという気持ちもあり、食べなかった理由の大部分は自分で作ったほうがおいしいから。それがほとんどです。
ちなみに母からそういう教育は受けてないです。たまたま母とその方面の趣味があっているだけ。
残りの家族三人は玄米なんかぜったい口に入れない&ポテチ大好き派です。

話はここからです。
最近、何回も書いていますが、病気のため食欲がない時期が続いていました。

マクロビとか玄米菜食とか採用してましたが、食べたいものがなくなり、口にできた固形物は1日「ひとくち」という日もありました。
食材の規制を解除したのちも、おっとが丁寧に作ってくれるさまざまなものも、食べたくない、といってワガママにも拒否。
結局、よろよろとでも台所にたち、自分で食べたいものを探るように、自分の食べたいもの作るようになってから、食欲がすこしずつ復活していきました。

食べる→食べれない→食べる・・・数日おきにそれを繰り返していましたが、

劇的に食べるモードに転換するきっかけになったのは、
お湯で茹でるだけのパスタソースと出会ったことです。
過去に買ったこともない、典型的な添加物だらけ商品。

ところがです。
茹ですぎに限りなく近いパスタを、増粘剤でどろっとさせ、グルタミン酸をくわえてうまみをプラスしたソースで食べたら・・・

え?
最後まで完食したよ。
おっとも私もびっくり。

とてもとても久しぶりでした。
それからパスタソースをしばらく連続して食べているうちに、胃が開門したといいますか、食に対する欲望が復活したのです。
数日のうちに、なんでも食べられるようになっていきました。
一体何が起こったのかわかりませんでした。

ある本を読んで、自分の豹変の理由がやっとわかったので役にたつ人もいるかもしれないと、これを書こうと思いました。

「高齢者QOLの改善におけるうまみ調味料の利用」という研究発表(お茶の水女子大・山本茂教授/当時)がすこし前の日本栄養食糧学会で発表されたそうです。

それによると、病院の入院食におけるグルタミン酸濃度は、通常食の半分だということがわかりました。
グルタミン酸は典型的食品添加物ですから、体に悪いというイメージが強く、病院食に使われないのはわかります。

そこでグルタミン酸の不足分を食事に加える形で入院患者に与えるという実験が行われました。
ビデオ撮影による主観的評価と、血液分析の二方向で報告された結果、なんと

グルタミン酸摂取を増やした老人たちは、
認知スコア、食行動、意欲の表現などで向上がみとめられ、
血液ではリンパ球や血清亜鉛値が有意に上昇したそうです。


患者の家族による評価はもっと具体的で、「食事時間が短くなった」「味がわかるようになった」「退院したがるようになった」「表情がやさしくなった」等のポジティブな変化が続々報告されたのだとか。
なにゆえこれらの変化が起こったのかは、まだ解明されていませんが、現在グルタミン酸はアルツハイマー病の進行を遅くするのに使われているそう。

老人がグルタミン酸の摂取で元気になったように、私の復活もグルタミン酸のおかげだったのか。
グルタミン受容体は中枢神経系のシナプスに多くあり、胃と舌にもあるそうです。
体が弱っているとき、ジャンクフードだけがなぜかおいしいと感じてはいましたが、理由が不可解でした。
私にはジャンクフードに癒された過去はほぼないのですから、ノスタルジーとはいえないのです。
まさかぎりぎりの状態になった体が欲したものが、悪名高き食品添加物だったとは。
まったく思いもかけなかったことで、びっくりしました。


東大の研究者が昆布のうま味成分としてのグルタミン酸を発見したのは1908年のこと。
「うま味」という名称もそのとき誕生しました。
1909年には、グルタミン酸を構成アミノ酸として含む「小麦グルテン」を分解して、グルタミン酸を大量に製造する方法が発明され、商品化されました。それが「味の素」です。

昭和30年代、食事をおいしくする魔法の調味料として、味の素はNHKの料理番組でびしばし使われたそうです。
途中から一企業の商品名をNHKが出すのはまずいと気づき、「化学調味料」という一般名詞の名称が生まれました。

化学調味料という名前がイメージさせるのか、グルタミン酸は石油から作られていると信じている人もいるそうです。
グルタミン酸は筋肉などを構成しているたんぱく質の一種。
脳の中で1時間に700gも合成され、分解されている重要なアミノ酸のひとつです。

うま味成分としてのグルタミン酸は、サトウキビやとうもろこしの糖分を発酵させて作られています。
その意味では、麦の糖分を発酵させたビール、ぶどうの糖分を発酵させたワイン、ブランデーなどと本質は変わりません。

白い粉末にして見せられると恐ろしい薬剤のようなイメージを与えられますが、それはイメージ操作かもしれません。

おいしいかどうかでいうと、昆布でしっかりだしをとったグルタミン酸の味と、サトウキビ等から抽出したグルタミン酸の味は比べ物になりません。
添加物で味を強くした市販のキムチがおいしくないから、私は自分たちで作ろうと思いたちました。

私たちのキムチをおいしいといってくださる方もいますが、「味が薄い」といわれることもあります。
昆布と煮干しでじっくりとっただしに頼っている味は、添加物でつくる味より弱くなるのはしかたないです。
味を強めるために「いかの塩辛」を入れたいと思うときもありますが、添加物なしでそれを作るのは安全面で不安があります。
添加物なしで「いかの塩辛」の安全性を担保する方法は塩を増やすことですが、塩辛のためにあえて増塩するのはいかがなものか。結局いかの塩辛は今までのところ使っていません。
こうした試行錯誤の果てに私たちのキムチは作られています(今季は来月からですが)。
おいしいかどうかは、人それぞれ。気に入ってくださる方が求めてくださればうれしいです。

話を戻します。
本当に弱っているとき。食べることができるかどうかが生死にかかわるとき。
グルタミン酸をたくさん摂取することで元気になる可能性があるっていい話ではないですか?

ご家族が弱っているとき、認知症の入り口にいるかも、と思われるときに、グルタミン酸をたっぷり摂取できるような調理をしてあげてみてはいかがでしょう。グルタミン酸の入った鶏スープの素をいろいろな調理に使うとか。
メカニズムが未解明だとしても、試してみる価値はあると思います。

かつおのうま味成分はイノシン酸、しいたけのうみ味はグアニル酸というそうです。
カタカナにした瞬間から白い粉をイメージするのは化学に弱い私たちの宿命(?)ですが、あらゆる物質は化学名で表現できます。きゅうりだってリンゴだって化学名に分解できます。米にはヒ素も入ってます。
コンビニのおにぎりに入っているということで毒物扱いされていたグリシンも体内にあるアミノ酸の一種です。

食品の裏側をひっくり返して「アミノ酸と書いてあるならそれは危険」などと書いてあるのを読んだことがありますが、体内にもともとあるものを摂取したところで大きな問題になるのかどうか。
消化された食材は天然素材であれ加工品であれ、分子として存在するとき身分に貴賎はありません(笑)

マウスの実験でグルタミン酸が人体に悪い影響があるという研究発表が耳目を集めましたが、
「化学調味料危険論」は、現在ではWHOもFAO(国際連合食糧農業機関)もFDA(米国食品医薬品局)も否定しています。

もちろん量がすぎればなんだって毒になるのはあたりまえです。

量がすぎれば醤油でも塩でもバターでも水でもどんな物質でも、人を殺せる毒になります。致死量まで飲むことが想定されてないだけで。

グルタミン酸の場合、量が多すぎるとひどい味になってしまい食べられたものではないそうで、悪徳業者がいれすぎたのを食べる人が気づかないということはまずなさそうです。



というわけで、私は最近これまでに食べなかったものに近づいております。

マクドナルドにも「人生で3回目」だという母と一緒にいきまして、新製品のなんとか、というのがおいしかったです。
よりおいしいのはオーヴォンビュータンやピエールエルメにきまっていますが、スーパーで買う150円のクッキーもおいしいです。
母の食の趣味には賛同していますが、安いせんべいを一枚かじるたびに驚きの目を向けるのはやめてほしいです。


※参考文献 『長村教授の正しい添加物講義』(長村洋一著 ウェッジ)



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