あのころの君たち Part.3
ねえ、こたろう。
君たちと会う前、
私にはミャーとタマジという
とても素敵な友だちがいたんだ。
東山湖に散歩に行くようになって、
最初に会ったのがミャーだった。
私は最初に会った時の印象で
ミャーは野良とは思えないほど
毛並みのいい猫だったよ。
2007年が明けたばかりのお正月だった。
東山湖を囲む土手の上で、
とおせんぼする門番のように座っていたんだ。
その時、
「しのぶちゃん、ついてきちゃダメよ」といいながら
犬をグイグイ引っ張って歩いていく女性がいた。
これが君たちも知っている
東山散歩嬢との出会いだったんだよ。
ミャーはどうやら[しのぶ」とよばれているようだった。
それを確かめるために管理小屋に入ったとき、
イスの上で気持ちよさそうに寝ているタマジと会ったんだ。
「コイツは野良ですよ」と言われた。
「どうしてタマジ?」と訊くと
「タマだけじゃ何かなと思って・・・」
するとそばにいたインストラクターの芹沢さんが
タマジに向かって「シュンイチ!」と呼んだんだ。
それはスーさんの名前で、
インストラクターの芹沢さんと安藤くんは
時々ふざけてタマジのことをそう呼んでいたんだ。
管理小屋にはシロという飼い猫がいた。
君たちも知っているよね。
穏やかでとても思慮深い猫だ。
散歩嬢はいつもお母さんの散歩夫人と共に
飼い犬のゴンちゃんとモモちゃんを連れて
散歩に来ていたんだよ。
ミャーは散歩夫人から
チーズをもらうのを楽しみにしていて、
いつも後を追いかけていたんだ。
そしてここにはもう一匹、
このあたりではルリ子は有名だった。
保護されたとき、痩せっぽちで大きな目が
女優の浅丘ルリ子に似ていたので
そう呼ばれるようになったんだって・・・。
もうその頃の面影はないけどね。
餌をもらうために
釣り客たちのところを渡り歩いている姿は
君たちも見て知っているよね。
ルリ子は犬のくせに猫に頭が上がらなかった。
そのころ、管理小屋に居候するタマジに
君たちも知っているタマオだ。
どうやらタマオはタマジとは兄妹のようだった。
君たちのようにね。
でもタマオは人間には近寄らなかった。
私はタマジとミャーと毎日のように会ったよ。
その頃は餌をあげるとかではなく、
ただ会って一緒に過ごしていただけだった。
それでも私たちはとても仲良しになって
人間だったらきっと親友だったに違いないと思うよ。
私はタマジやミャーと過ごす時間が大すきだったんだ。
ミャーは私が呼ぶと、どこにいても出て来たし、
タマジは湖の対岸にいても猛スピードで駆けてきたんだ。
そんなタマジが妊娠したのは春だった。
相手を聞いても
「知らニャ~」というばかり・・・。
それでも日増しにお腹は膨らんでいく。
見かねた安藤くんが段ボールで産屋を作って
管理小屋の片隅に置いてくれたんだ。
そして私が甥の結婚式で東京に行っている時、
スーさんから電話が入ったんだ。
「生まれましたよ」
聞けば、管理小屋の裏の倉庫で生んだという。
翌朝、私が倉庫を覗くと、
タマジが衣装ケースの中から顔を出した。
何も食べていないので餌を持って行ってあげると、
喜んで外に出てきて食べてくれたんだ。
みんなタマジに似ているので
誰がお父さんかは分からなかった。
そして私が管理小屋の前にいると、
突然タマジが子猫を咥えてきて、
タマジを管理小屋の中に誘導したんだ。
そうして子猫を安藤くんの作ってくれた
段ボール箱に入れると、
タマジは中に入って私を見たの。
「悪いけど、他の子も連れてきてくれない?」
とでも言っているかのように…。
子猫に人間の匂いがつくと
子育てを放棄するかもしれないからと
私が躊躇していると、
みんなが
「西島さんなら大丈夫ですよ」
と言ってくれたので、
私は急いで他の3匹も連れてきたんだよ。
こうしてタマジは4匹の子猫たちと
日を追うごとにタマジの顔は、
子猫たちはすくすくと育ち、
みんなでそれぞれに仮の名をつけたんだ。
でも、そんな穏やかな時間も
ピリオドを打たなければならなかった。
子どもたちはこのままここで暮らすわけにはいかないから・・・。
そしてスーさんが知り合いに頼んで
2匹ずつもらわれていくことになったんだ。
お別れの日、タマジが外に出ている間に
子猫たちは大きなキャリーに入れられ、
車の中に運ばれて行った。
生まれてからわずかひと月の出来事だったよ。
私は涙が止まらなかった。
母親から離されてもらわれていく子猫たちよりも
一人ぼっちになったタマジを思うと、
不憫でならなかったんだ。
・・・・・・・・・つづく