息子が東京へ出て映像業界で仕事を始める。東京のキー局の番組制作会社だ。妻はとても不安のようだ。会社にしっかりした福利厚生が用意されている訳でもなく、頼れる先輩がいる訳でもない。自分は直接映像を作る(編集作業をする)ような技術はなかったし、直接映像制作の現場に若手として入って鍛えられた訳ではないので、経験者として語ることはできないが、たくさんの若者がこの世界に入ってきて成長していく姿を見てきた。その立場から息子のように映像業界を目指す若者たちへ何か贈る言葉があるかと考えてみた。
映像制作とは、人の目と脳(/ココロ)という想像以上に優れた複雑なものに挑戦する仕事だ。正解はない。目を見張り、こココロを震わせることができて、成功と言える。しかしその成功は蜃気楼のように追いかければ追いかけるほど遠くへ逃げて行く。また、技術やノウハウも、1対1で、個から個へ教えられ、伝授されていくものではない。手取り足取り教えてくれる上司や先輩は都合良くいない。感覚的に言うなら、「集団」に「個」が鍛えられる、
「集団」が技術やノウハウ、マインドを受け継ぎ、若い人材に伝え、育てていく。
映像業界では「◯◯組」というチームにしばしば出会う。それは一つの会社の組織ではなく、しばしば会社を跨った、フリーランスの人も含んだ何かの作品の制作で結びつき、次の大きな仕事の時に声がかかって再び集まったチームだったりする。その「組」の親玉はディレクターだったり、プロデューサーだったり、ある職種の経験豊かな職人さんだったりする。一つの「組」のメンバーは不思議と似たようなハートと性格を持っていて「色」があったりする。チームで仕事をすることの多い映像制作の業界では、用意された「良い上司や先輩」を期待するよりも、こうした優れた「組」と巡り合い、その一員として仕事をする経験を積むことの方が人を成長させてくれる。そうした優れた骨太な「組」に出会える可能性が高い、という意味では、東京のテレビ局の番組制作に関われる、というのはものすごいチャンスだ。
日本のテレビ局の番組制作ほど映像制作における様々な技術やノウハウを蓄えた現場は少ないと思う。これまで仕事をしてきた中でも、テレビ番組を作っていたディレクターさんや音効さんには特別なノウハウやスキルの「引き出し」を感じることが多かった。柔軟性や即応性、臨機応変さも同じだ。池上彰さんの著書「伝える技術」の中にもニュースで現場感や状況を視聴者に伝えるために報道番組のキャスターや撮影スタッフがいかに工夫、努力しているかの片鱗がうかがえるが、そういったプロたちがひしめく現場で優れた「組」に出会い、成長、成功できるか否かは本人の努力はもちろん、偶然の出会いや巡り合わせによる所も大きい。そのチャンスが多い、という意味では東京で、テレビ番組の制作に関われるというのはとても素晴らしいことだ。

自分の息子が選んだ道は輝かしい未来につながっていると思うよ(もちろん本人の努力と運次第だけど)、と心配性な母(妻)には自信を持って言いたい。映像制作とは人のココロを動かす仕事だ。ハートが強く感受性が豊かな人間にしかそれはできない。そこは小手先の技術や用意された環境で左右されるようなものではない(あってはならない)。そしてそこは俺たちの息子を信じてやろう。

そんなふうに、君は育ててくれたじゃないか。

俺はこんな身体になってしまったが、夢はきっとアイツが引き継いで叶えてくれる。