1月25日(日) 方向を間違えて、玉手公園に登る羽目になった。 駅から歩くこと30分,急な坂を登りつめ、公園内に入るといきなり後藤又兵衛の記念碑があった。 真田太平記の愛読者である私は、立ち尽くし、しみじみと感慨に耽ったものである。


 後藤又兵衛といえば、黒田孝高(官兵衛、如水)に見込まれて黒田家に仕え、槍の名手として名を売った戦国武将であるが、孝高の嫡子長政と折り合いが悪く、黒田家を飛び出し、長いこと浪人をしていた。

 豊臣秀吉没後、天下を狙う家康が画策イチャモンをつけ、最終的には大阪夏の陣で豊臣政権を滅ぼすわけであるが、最後の決戦場である大阪城に後藤又兵衛も、大坂方の助っ人募集の浪人集めに応募し、最後の死に花を咲かそうと入城、大坂方として戦い、結局討ち死にするが、その場所が私の頭の中では定かではなかったが、偶然その場所にであったわけであるから、驚き、感激した次第である。


大阪城から、あの場所まで迎え撃とうと出撃したとは、(たとえ騎馬であったとしても)すごい馬力である。


46年経過したコンクリートを、いかに現容姿を保ちながら、補強するか・・・


まず、簡易な打撃によるコンクリートの浮き調査によって内部鉄筋腐食調査。

全面調査の結果が3個所。完全治療をプロの手にゆだね、内部疾患の治療を終える。


外壁のお肌は、すっぴんに近い状態を保ちたいので、塗膜塗装はせずに、

栄養剤(アルカリ)を与える形で、素肌をそのまま見せることにした。

(但し今回が最後の化粧直しであり、次回は塗膜塗装を余儀なくされるではないかと思うが。)


こうして、洗浄・改修を終えたわけであるが、

「やはり良いものは、年月が経ってもやはり良い」

、と実感した次第である。



私は卒業47年を迎えるわけですが、その年に完成された一軒の住宅について。

鉄筋コンクリート2階建てのある有名な建築家による設計で、私のよく知っていた工務店による施工された、外壁化粧仮枠打ち放しのシンプルな建物です。

メインな部屋の内装は、

床:無垢パーケットモザイク張り、

壁・天井:ビニールレザー貼り、

と、これも非常にシンプルです。


この建物を、この暮れ内外美創・改修をさせていただきました。


内装は、床、壁、天井 全て、洗浄だけで終了。一部塗装補修(塗装工2人口)はしましたが、ほかに何もすることがありません。

即ち46年間、内装は洗い、美装だけでビニールレザーの張替え等は一切していませんし、必要がないのです。


外装(コンクリート打ち放し面)は、さすがにコンクリートの中性化が進行していますが、

(コンクリートの中性化は1年に1㎜進むといわれています)

いまだに、化粧仮枠に使われたであろう杉材の木目は健在です。(すべてとは言いませんが、7割位)


話が長くなりそうなので、続きは次回にいたします。