(①からつづく)
昨年10月初旬、伊勢神宮内宮で御神楽を奉納した。
それまでの東から西へと、新しいお宮にみ遷り後、のことである。
当日の天候は晴れ。
お日柄もよく、絶好の御神楽日和と相成った。
早朝、シャワーを浴びて身を清め、世俗の垢を落とした。
さらにはその服装にも心を配る。
この日のために誂えた、一度も袖を通したことのない上下ぶらっくふぉーまるに身を包み、真珠を首元にあしらう。
準備を整え、旅館を出立したのが、朝まだ明けきらぬ卯の刻のこと。
その後、徒歩で外宮参拝した頃から、胸の鼓動が高まり、軽~く躁状態である。
それは、内宮の鳥居を潜るときまで続いた。
興奮状態で、隣にいた知人に告げる。
「ヤバイよ、ヤバイよ。今日はマジでヤバイって」
なぜか一人、出川哲郎状態。
しかし、自分でも何がヤバイのか、よくわからない。
ひょっとして、出川哲郎もヤバイと言っておきながら、何がヤバイのかよくわかっていないのではないだろうか。
出川に頼まれたわけでもないのに、薄っすら彼の気持ちを思いやる。
ヤバイよ、ヤバイよ……。
出川哲郎の気持ちを再び察した刹那……。
「ヤバイ? ははーん」。
と、したり顔の知人。
少し間をおき、
「東のお宮から西へとお遷りになられたからでしょう」
と涼しい顔でのたまう。
宇治橋を渡る頃、一陣の風が吹き渡り、ようやく興奮状態がおさまった。
手水で口と手を清め、滝宮、御正宮、荒祭宮、風日祈宮、と参拝し、いよいよ目指すは、御神楽・祈祷受付所。
「御神楽・祈祷受付所」と木の看板が掲げられている所に行き、神職さんに「御神楽を奉納したいのですが」と告げる。
女性神職さんは、笑顔で感謝の意を述べた後、帳面をめくり、「ここに名前と住所と書くように」と指示される。
そこで、願意だ。
……私どもとしましては、今現在、願望というものがないのでございます。
車中、そして旅館の中でも繰り返してきた、この言葉を述べるチャンス到来である。
でも、自ら告げるのは、ちと、はしたない。
どうしても、とお尋ねされたら、お答えするにしよう。
住所と名前を記載する。
そして、奉納する金額も昔ながらの「壱」なぞをあしらって記載する。
完璧だ。
いよいよ、願意である。
神職さんから「どのような願意にいたしますか」と聞かれるはずである。
しかし、待てど暮らせど一向、願意という言葉を耳にすることはない。
痺れを切らした乙女は、恥をしのんでこう言ったのである。
「あのぅー、願意みたいなもの、などとかは聞かれないのでしょうか」
あえて「願意」と直截せずに「願意みたいなもの、など」と言い淀む。
己の努力次第でなんとかなることを神々に願うなど笑止千万、と常々口癖のように言っているからして、願意など滅相もごさいません……だからである。
すると、神職さん曰く。
「今年はご遷宮の年で、御神楽も特別なものになっておりますので、特に個別の願意は伺っておりません」とのこと。
ああ、せっかく「願意は特にございません」というのを電車の中で繰り返してきたというのに……。
軽いショック状態である。
軽い興奮状態からショック状態。
乙女の心の鼓動は早鐘のように鳴り響く。
うわっ。
こちらの心情を察してか、破顔したのち、神職さん曰く。
「参拝はお済でしたでしょうか。まだでしたら、どうぞお先に参拝を」
済んだ(どころか、正装して御垣内参拝済みである)と告げる。
「みなさんが集まってからお神楽がはじまります。少々、お時間待つことになりますが」
靴を脱ぎ、休憩所で休むことに。
「皇室」シリーズが置いてあり、カラーグラビアを見るともなしに眺める。
途中、まだ若いのだろう。愛らしい顔をした職員の方が、お茶なぞ配られる。
温かいのを一つ頂く。
こうして、待つこと2時間余。
「お待たせしました、みなさまこちらへどうぞ」と呼ばれる。
通されたのが神楽殿。お神酒、お米など多くの供物が三宝に乗せられ、奉納されている。
ごくり。
思わず、唾を飲み込む。
神職さんにより、祝詞が奏上される。
手に茅の輪を持ち舞をまう男性。
緋袴を身にまとった四人の舞女たちが、正座し、上半身を上下左右に動かす。
まるで、水泳のクロールのような動きである。
ご神体の前を通り過ぎるときには、身をかがめ、床に手をつくという作法もあった。
ここで乙女、「願意」をとくに聞かれなかったことがようやく納得する。
祝詞の後、神職さんは「商売繁盛、家内安全、健康増進(?)……」とおっしゃったのである。
澄んだ声色で、朗々と読み上げる。
さらには、奉納したグループ名と代表者名、個人の住所と代表者の名前を読み上げる。
つまり当日、御神楽奉納したグループ・団体、個人は「商売繁盛」「家内安全」「健康増進、体力増強(?)←ここはちと違うかもしれない」が確約されているのである。
つまり、たいていの方々が祈願する内容をすべて一気に網羅したお神楽だったのである。
その後、商売繁盛、家内安全、健康増進はいうまでもなく、髪の毛はツヤツヤ、美肌効果バツグン、長時間、歩いた後のブーツを脱いでも臭いはせず、といいことずくめである。
心なしか、加齢臭も消えたような……気がする。
御垣内参拝もオススメしたいが、お神楽もぜひオススメである。
さらには嬉しいことにお土産まで頂いてしまった。
お神楽のお土産……。
神々に供えられた品々のお下がりである。
神々が召し上がられた後、と聞くと、思わず舐りたくなるのは性か。
(ちなみにスルメを生のまま舐ろうとして、家人に叩かれた…oh!)
中身がこちら。
代表者名を読み上げられて、紙袋を手渡される。
紙袋に入っていた中身がこちら。
内宮神楽殿とかかれた箱。
箱の中身がこちら。
木のお札とご奉納の証である名前と日付入りの証書。
右側、証書の下にあるのはお神酒。
三宝に乗せたのがスルメと鰹節。
御箸も付いていた。
この箸で、ご飯をいただくと神々の幸せのお裾分けに与ると思う……たぶん。
でも使わないで、神棚にお供えしておくけど……。
日本人は「箸のマナー」に厳しい民族なのはなぜか。
食事は神事だからだ。
カツオ節とスルメのアップ。
今年はカツオ節を削る機械を購入するつもりだ。
なぜなら、今年も御神楽奉納する予定だからである。