さて、前回の続きというか本来の目的、上町断層崖を見るの巻をお届けします。
高架下は西成区と阿倍野区を通る、交通量の割と多い千秋通りです。
交差点を渡ると車両が1台通れる幅の一方通行の道になります。
交差点を渡って直ぐの右側の斜面下が標高5mくらいでしょうか。道路上が約13mてすから高低差8mの断層崖ですね。
塀と扉で塞がれていますが、マンション敷地と行き来できる階段がありました。以前は使われていたのでしょうね。
道路左(東)側は大阪市設南霊園(阿倍野墓地)。明治7年に大阪府により開設され埋火葬会社により管理された後、明治40年に大阪市が引き継いで現在に至ります。著名人の墓石も多く、長州藩死節群士之墓や大阪府警察官吏墓地などがあります。
30mほど歩くと現在も使われている階段が現れました。断層崖の斜面にマンションが建っています。ん?階段の下に自転車置き場?ということは、この階段は私有地?それとも階段の下だけなのかな。
50mほどでまた階段です。途中の踊り場の自転車は、ここまで上げて力尽きたのかしらん😄
40mほどでまた階段です。断層崖の斜面が緩やかになり、家屋が斜面にくっつくように建っています。
振り返ると墓地の向こうにハルカスが。
この先が2021年6月25日に崖崩落による住宅倒壊のあった場所です。
ニュース映像で見た方も多いでしょう。崖の下で老人ホームの建設に伴う掘削工事中に擁壁が崩壊し、直上の家屋が次々と倒壊崩落したのです。擁壁が崩壊した原因については現在も不明のようです。家を失った人達は大変だろうなあ。
倒壊した家屋が建っていた場所は、鉄筋コンクリートで補強された擁壁法面となっています。
直ぐ横の階段は崩れることなく以前のまま残っていました。
40mほど頑丈そうな擁壁が続きます。道路も綺麗に舗装されています。
新しい擁壁を過ぎると、昔からの擁壁と空き地と階段が見えてきます。
左側には大谷中学・高等学校があります。
左右に展開する階段。空き地はかなり大きさなので、過去には家屋が多く建っていたのでしょうね。空き地の下には保育所がありました。
空き地を過ぎると現在使われている階段が現れます。踊り場から家屋にアクセスできる様になっていますね。
2階からも道路へアクセスできる便利な家屋。
数軒の家屋を過ぎると、また空き地が広がっています。
一棟貸しの民泊家屋の横にも階段が。確かにキケンそうだ😆 でも利用はされている様な感じですね。
リノベーションされた民泊施設が断層崖の途中に建っているのが分かります。
ここからまた空き地が続きます。ひょっとしたら断層崖の途中に新しく家屋を建てるのは基本的に禁止されているのかもしれませんね。
道が少し下り始める様です。断層崖の終わりが近付いているのでしょうか。そしてこの辺りで徐々に便意💩を感じ始めたのです。さて、どうしたものか?と暫し逡巡しますが、まだまだ大丈夫と判断して散策続行となりました。しかし果たしてこれが吉と出るか?凶と出るか?それは次回の講釈にてwww
























