2017年10月17日の投稿を一部書き直しての投稿です。

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危うい話をしているな〜と思うのが、
「人種」の話。

日本でも根強く残っていますよね?

私、この話になるといつも思うことがあるのです。

200年遡っただけで256人の先祖がいることになるのに(参考URL)
人種で区別するのってナンセンスじゃない?と。

私は昔々、祖父母の家の蔵にあった家系図を見たことがあります。

私の名前もそこに書いてあったのでよく覚えているのです。

その家系図を見てわかったことは、曽祖父まではみんなよく知っているけど、それより上のことは聞いたことのある名前もあるけどよく知らない…とのことでした。
(今となってはその家系図も行方不明なので残念)

なので、私は人種の話をしている時は

「私のパスポートは日本人。4代前までは確実に全員日本人だったけど、それより先は知らない」
と、思うのです。

たった200年遡っただけで256人の先祖がいるので、その人たち全員が純血の日本人だったかなんて、よっぽどの家柄の人しか知りようもないですよね?

日本では未だに根強く血を重んじる傾向があります。
それも悪くはないと思うのですが、もっと大切なことはその子が生きる世界で生き抜く力が継承されているか?だと思うのです。

人種で争う原因のもっとも根深いところは「この考え方が正しい」という主張だと思うのです。
それが代々受け継がれ、今も争いの種となっている気がするのです。

その人にはその人なりの生き方があるのでどんな生き方でも否定はしませんが、今、自分が考えることは私の問題であって、子の問題ではない。という線引きは必要じゃないかな?と思うのです。

自分で解決出来なかった問題を何世代にも渡って争い続けることって意味ないよね?と思うのです。

どの立場から観るかによってモノの見方は変わるので、
どちらが正しいかを主張し続ける方が時間の無駄だと思うのです。

何千人何万人何兆人…もの命を繋げた結果の私が今ここにあり、それは現在、共に地球に生きる70億の人々も同じこと。

そう考えたら、要らない命なんて何一つないと思うのです。