2021年5月5日

 

この日に家族に妊娠していることを打ち明ける事にした、何故この日なのかは、妹も仕事が連休だし、何となく…。

 

近場のコメダ珈琲に、母と妹を連れて行った。

 

そう、家族と言っても、父と母は家庭内別居なので、父とは別行動になる。

 

モーニングの時間、皆ある程度食べ終わって飲み物くらいになった頃、

 

「ちょっと話があるんだけど」

 

と切り出した。

 

お姉ちゃんが誘うなんて、なんかおかしいと思った、と妹に言われたと思う。

 

母は、「やっぱりなにか病気なの」みたいなことを口走ったと思う。

 

妊娠したことと、相手の事を告げると、母は、「そんな話こんなところで聞けない」と、すぐ家に帰った。

 

家に帰ってから話し合い。

 

母は、男とは別れたと思っていたから、「裏切り」と言って怒った。

 

初孫だけど、素直に喜べない状況と、気持ちの収めどころがなくて混乱もしたようだ。

 

妹は、私がやりたかったことなのだから仕方ない、というような表現でかばってくれたと思うし、それが有難かったのを覚えている。

 

その後、父にも告げたが、父の反応がどうだったか覚えていない。

 

 

家族が妊娠を知った後

うちの母は、いわゆる「毒親」の部類…これだけでお話が書けるネタになるくらい。笑。

 

ただ、人を貶めようとするような悪い人ではないし、簡単に言うと、極度の寂しがりと、相手と自分との境界線が引けない、という感じ。

 

私の妊娠を知った後は、案の定、母は「気分が悪い」ので、ずーっとそのことについて喋っている。

 

私の時間が止まる、相手の時間を止めて自分の気分の悪さを訴える。

 

こういう事は、物心ついてからうちのお馴染み…。

 

母は、説教をする時はタバコを吸うので、母の吸うタバコを時々我慢しなければならなかった。

 

一応は気を使って、窓を開けたり、離れた所で吸ってはいたけれど。

 

母は、あの時、この時、裏切られた話ばかり長かったが、私ももういい大人だし、男とやり直した事も内緒で妊娠したなら、ちゃんと男を連れてきて挨拶させるなり、どうしていくかを決めなくてはならない。

 

男の事は通称J、Jは建設現場の職人さん。

 

結局、Jは、私の家族には会わないの一点張り。

 

母は、ろくでもない男だと分かっているという言い方と、もし男が改心して…という事も言ってみたりだった。

 

私は、この頃は、Jに気持ちがあったので、Jをかばう事を言っていたし、Jにもどうにか考えてほしいと何度も言っていた。

 

2021年5月は、Jは長期出張になっていたのもあり、出張が終わるまでは、会わせるのは難しいと思っていたので、家族にもそういう風に弁解して、気を揉んでいた。

 

 

産院を決める

家庭の事情はありつつ、妊娠の定期検査と、産院を決めなければならない。

 

Tクリニックは、産院ではないので、紹介状を書いてもらった。

 

家からも近い、費用も平均値の、S大学病院にした。

 

大きな病院なら、何かあった時の対応がしてもらえると思ったから。

 

S大学病院には5月28日に行った。

 

私は子宮頸がんの手術で子宮の入り口が通常より短いのと、40歳だったので、通院は今日からこちらにしてくださいと言われた。

 

大きな病院になると、診察の先生は毎回違うし、血圧と体重を図って、尿検査を出して…その手順が、一か月に一回程度の来院だとすぐ慣れなかったのを覚えている。。

 

そして、S大学病院の先生の出版した出産に関係する本を買わされる。笑。

 

妊娠前のことから、産後のことまで一通り書いてある本。

 

看護婦さんからは、家庭の状況のことも聞かれて、記入することもあった。

 

未婚だし、まだ話し合いの途中、パートナーの事を聞かれると切ない気持ちになった。

 

この頃、つわりは、とにかく怠くて気持ち悪い日が続いていた。

 

そして、エコーの画面を見て、赤ちゃんが生きているとホッとしたし、本当にお腹にこの物体が動き回っているのか、不思議だし実感がなかった。

 

5月~6月は気温が上がって来て、どの家でも窓を開けて過ごすようになってくる。

 

隣の家から、朝6時ころに、鶏の雄叫びへの苦情の電話がくるようになった。。

 

5月28日から妊娠4か月に突入。

 

次はこの頃のつわりの症状や、コッコ達の事を書こう。

 

※5月26日にTクリニックで貰ったエコー写真。4Dだと粘土の人形みたいな写り。