薬屋探偵妖綺談
君に捧げる日
穏やかな午後の昼下がり。冬とは思えない程に暖かい陽光が、辺りを明るく照らす。道を歩く人々を見ても、今日はコートを着ている者が少ないように思われる。
「ふあぁ~……。今日も暇ですね、兄貴」
いつもと変わらずに開店休業状態のこの店――深山木薬店。その店内で大きく欠伸をして、リベザルは洗濯物を取り込む座木を手伝った。
「そうだね。…あ、リベザル。そこの籠を取ってくれる?」
苦笑を返し、座木は取り込んだ服を皺にならないよう籠に入れていく。リベザルもせっせと洗濯ばさみを集めて、一カ所に纏める。
「――そういえば、師匠は一体どこにいったんですか?朝から見てないですけど…」
「今日は木鈴さんとバスケをする約束があるんだって。『今日こそは1vs1で勝つ』って、 リベザルが起きてくる前に張り切って出ていったよ」
「ほぇ~…、俺もどこかに出かけたいなぁ…」
窓を閉めながら答えた座木に、リベザルは溜息のような声を出した。
「あ、別に留守番が嫌だって訳じゃないです。ごめんなさいっ。ただ暇だなぁって…」
「うん、分かってるよ」
座木も共に留守番の身であるのに、少々無神経なことを言ったと慌てて手を振ると、当の彼は穏やかに笑った。
リベザルはほっと安堵する。座木はそんなことで不快を感じるような心の小さき者ではない。それはリベザルにも分かっていたことなのだが、すぐに謝ってしまうのは彼の一種の癖のようなものだ。
「それより、そろそろ夕食の買い物に行かないとね。手伝ってくれるかい、リベザル?」
「はいっ。もちろんです!」
「それじゃこれを置いたらすぐに行こうか」
「――あ!兄貴っ」
籠を持って部屋を出ていこうとする座木を呼び止める。座木はドアの前で振り返った。
「何?」
「あの………今日って、1月11日ですよね?」
「そうだけど?」
「今日は師匠の…誕生日なんですか?」
リベザルの突然の質問に、座木は頭を悩ませる。
「どうして?秋が昨日そう言ってたの?」
「いえ。この前、葉山のお兄さんが言ってたんです。『リベザル君たちは深山木さんの誕生日を直にお祝いできていいなぁ!』って。俺、それまで全然知らなかったです…」
リベザルの説明で漸く合点がいった。座木は顎に手を添えて、暫しの間考えた。
「確かに……今日は秋の誕生日かもしれないね」
「?」
ハッキリしない座木に首を傾げる。それを見て座木は苦笑した。
「実は私もね、知らないんだ」
「兄貴もですか?」
「うん。秋はあまり自分のことを話さないからね。葉山さんが言う『今日が誕生日』っていうのは、秋が前に作った架空の書類に書いてあったんだと思うよ。だから本当の誕生日は分からないんだ。もしかしたら本当に今日なのかもしれないけど、違うかもしれない。それが分かるのは、秋だけってことだね」
座木は少し寂しそうに笑った。リベザルもどことなく胸にもやもやしたものを感じた。
「師匠に聞いても答えてくれなさそうですよね…。俺、師匠の誕生日祝いたいのに」
「そうだね…―――あ」
「…兄貴?」
突然何やら考え込んでしまった座木を、リベザルが不思議そうに見上げる。
座木は暫く黙っていたが、やがて晴れ晴れとした表情になったかと思うと、リベザルににっこりと微笑んだ。
「ねぇリベザル。良いことを思い付いたよ」
「良いこと?何ですか?」
「――――秋の誕生日、祝おうか。今日ここで」
「え…?」
きょとんとするリベザルに向けられたのは、後ろ手にプレゼントを隠し持った子供のような笑顔だった。
「ふあぁ~……。今日も暇ですね、兄貴」
いつもと変わらずに開店休業状態のこの店――深山木薬店。その店内で大きく欠伸をして、リベザルは洗濯物を取り込む座木を手伝った。
「そうだね。…あ、リベザル。そこの籠を取ってくれる?」
苦笑を返し、座木は取り込んだ服を皺にならないよう籠に入れていく。リベザルもせっせと洗濯ばさみを集めて、一カ所に纏める。
「――そういえば、師匠は一体どこにいったんですか?朝から見てないですけど…」
「今日は木鈴さんとバスケをする約束があるんだって。『今日こそは1vs1で勝つ』って、 リベザルが起きてくる前に張り切って出ていったよ」
「ほぇ~…、俺もどこかに出かけたいなぁ…」
窓を閉めながら答えた座木に、リベザルは溜息のような声を出した。
「あ、別に留守番が嫌だって訳じゃないです。ごめんなさいっ。ただ暇だなぁって…」
「うん、分かってるよ」
座木も共に留守番の身であるのに、少々無神経なことを言ったと慌てて手を振ると、当の彼は穏やかに笑った。
リベザルはほっと安堵する。座木はそんなことで不快を感じるような心の小さき者ではない。それはリベザルにも分かっていたことなのだが、すぐに謝ってしまうのは彼の一種の癖のようなものだ。
「それより、そろそろ夕食の買い物に行かないとね。手伝ってくれるかい、リベザル?」
「はいっ。もちろんです!」
「それじゃこれを置いたらすぐに行こうか」
「――あ!兄貴っ」
籠を持って部屋を出ていこうとする座木を呼び止める。座木はドアの前で振り返った。
「何?」
「あの………今日って、1月11日ですよね?」
「そうだけど?」
「今日は師匠の…誕生日なんですか?」
リベザルの突然の質問に、座木は頭を悩ませる。
「どうして?秋が昨日そう言ってたの?」
「いえ。この前、葉山のお兄さんが言ってたんです。『リベザル君たちは深山木さんの誕生日を直にお祝いできていいなぁ!』って。俺、それまで全然知らなかったです…」
リベザルの説明で漸く合点がいった。座木は顎に手を添えて、暫しの間考えた。
「確かに……今日は秋の誕生日かもしれないね」
「?」
ハッキリしない座木に首を傾げる。それを見て座木は苦笑した。
「実は私もね、知らないんだ」
「兄貴もですか?」
「うん。秋はあまり自分のことを話さないからね。葉山さんが言う『今日が誕生日』っていうのは、秋が前に作った架空の書類に書いてあったんだと思うよ。だから本当の誕生日は分からないんだ。もしかしたら本当に今日なのかもしれないけど、違うかもしれない。それが分かるのは、秋だけってことだね」
座木は少し寂しそうに笑った。リベザルもどことなく胸にもやもやしたものを感じた。
「師匠に聞いても答えてくれなさそうですよね…。俺、師匠の誕生日祝いたいのに」
「そうだね…―――あ」
「…兄貴?」
突然何やら考え込んでしまった座木を、リベザルが不思議そうに見上げる。
座木は暫く黙っていたが、やがて晴れ晴れとした表情になったかと思うと、リベザルににっこりと微笑んだ。
「ねぇリベザル。良いことを思い付いたよ」
「良いこと?何ですか?」
「――――秋の誕生日、祝おうか。今日ここで」
「え…?」
きょとんとするリベザルに向けられたのは、後ろ手にプレゼントを隠し持った子供のような笑顔だった。
*
「ただいまー」
日が落ちて辺りが夕闇に染まる頃、秋が帰ってきた。玄関で運動靴を脱いでリビングへ行く。
「ザギ、夕飯は何…―――」
秋が立ち止まって言葉を切った。その目は僅かに丸くなっている。
彼の目前には、座木とリベザルがにこにこと笑って立っていた。彼らの後ろにあるテーブルには花が飾られ、ケーキまで置いてある。おまけに料理は秋の好物ばかりだ。
「何だ?今日はやけに豪勢じゃないか。何かあったのか?」
不可解な顔をする秋。しかし二人はくすっと笑い合って仲良く声を揃えた。
「「誕生日、おめでとうございます」」
「――は?」
「1月11日。秋の誕生日でしょう?」
座木が驚きでやや無表情になっている秋に問いかけた―――が、彼は固まったままで反応が無い。
「師匠の本当の誕生日は分からないですけど…でも俺は祝いたいんです!師匠の誕生日!」
「本当はいつだとか、そんなことは私たちには関係ありません。秋がこうしてここにいて、三人でこうやって過ごしていられる日々に感謝したいのです」
優しく微笑んで座木が言う。隣でリベザルも嬉しそうに笑っている。
「さ、師匠。座って下さい!今日の主役は師匠なんですから!」
押されるがままに押されて、秋は自分の席に着いた。リベザルは彼を座らせると、忙しなく調理場に行って座木の手伝いをし始めた。
テーブルに乗った料理はどれも手が込んでいて美味しそうだ。一目見ただけで、座木の気合いがいつも以上に入っていることが分かる。
秋はふと飾られている花に目を向けた。
(…カスミソウとフクロソウね。まぁ珍しい組み合わせだこと)
確かにその二つの花はあまり見られない組み合わせだが、おかしくはない。むしろ色合いが思いの外合っているように感じられる。
そして花言葉は―――――“切なる喜びと変わらぬ信頼”。
「――…」
秋は表情を変えずに無言でソファにあった新聞を取り、調理場の座木たちの方を向いてそれを広げた。
彼の顔は、座木たちからは新聞に隠れてしまって完全に見えない位置にある。しかし新聞の裏で、秋は僅かに頬を赤らめ、嬉しそうに笑っていた。
† END †