闇が、右手を浸食する。
鈍い痛みが、腕を、体を、そして心を蝕んでいく。
鈍い痛みが、腕を、体を、そして心を蝕んでいく。
狙っているのか。
此処にある『輝く盾』を。片割れのいない、未熟な紋章の輝きを。
此処にある『輝く盾』を。片割れのいない、未熟な紋章の輝きを。
「………喰わせるものか、絶対に」
額に尋常でないほどの汗を滲ませながら、叱咤するように右手を強く握り締める。
するとそれを嘲笑うかのように、赤黒い闇がまた、じわりと広がった。
するとそれを嘲笑うかのように、赤黒い闇がまた、じわりと広がった。
その時だ。
「―――ここで何をしておる」
降りかかった冷涼な声に顔を上げると、そこには血のように赤い瞳が印象的な、銀髪の少女が立っていた。
幻想水滸伝
同胞
少女の声を皮ぎりに、それまで絶たれていた外界の音が戻ってきた。広場の賑やかな声が、自分たちの他には誰もいないこの裏庭まで届く。
「いえ、何でもありません」
ユリウスは平静を装って小さく微笑むと、未だ闇が渦巻く右手を隠しながら、少女の横を通り過ぎようとした。
ユリウスは平静を装って小さく微笑むと、未だ闇が渦巻く右手を隠しながら、少女の横を通り過ぎようとした。
―――…したのだが。
「そうか。わらわはてっきり、その右手の『生と死』が騒いでいるのかと思うたぞ」
「ッ!!」
心臓が、どくんと撥ねる。
ユリウスは振り向きざまに、少女の細い首筋に棍を当てた。その目から、並みの人間ならばそれだけで射殺されるのではないかというほどに、鋭い殺気を放ちながら。
それにも関わらず、少女はいたって冷静なまま、微動だにしない。
ユリウスはさらに目を細めた。
それにも関わらず、少女はいたって冷静なまま、微動だにしない。
ユリウスはさらに目を細めた。
右手に宿している紋章のことを知っているのは、ごく少数の人間だけのはずだ。グレッグミンスターにいる家族と、解放軍の幹部クラス、そして…―――この紋章を狙う者。
目の前の少女は、家族でも、解放軍の同志でもない。
―――と、いうことは。
「…………貴女は、誰だ」
絞り出すように低く問う。その身からは、包み隠さずに敵対心と警戒心が溢れ出している。
そんな彼に、一方の少女は口元に手をやり、くすりと笑った。
「そういきり立つでない。―――わらわはシエラ。『月』の継承者じゃ」
「『月』の?…………そうか、貴女が……」
体中に張り詰めていた緊張が、一瞬にして解ける。
ほぅっと得心したように息を吐くと、ユリウスはそっと棍を下ろした。
「わらわを知っておるのか?」
「はい。カナタから話は聞いています。なんでも、ネクロード討伐にご助力下さったとか」
「わらわはただ、奴に奪われておった紋章を取り返したかっただけじゃ」
フン、と鼻を鳴らした彼女に苦笑を返すと、ユリウスは恭しくその眼前に跪いた。
「……先程は失礼致しました。僕はユリウス・マクドール。お目にかかれて光栄です、始祖シエラ」
「ほぅ。なかなか礼儀のわかる童のようじゃな」
ころころと満足そうに笑い、シエラは自分も膝を折ってユリウスと視線を合わせた。何もかも見透かしたような赤い瞳が、曇りのない漆黒の瞳と重なり合う。
「どれ。その右手を見せてみるがよい」
「え……」
「わらわの前で隠し通せると思うたのか? やせ我慢しておるのが丸見えじゃ」
「で、ですが……」
「いいから早うせい!」
「は、はいっ!」
痺れを切らして周囲に電撃を奔らせたシエラに、ユリウスが声を上擦らせた。彼を知る者が見たら、きっと…いや、間違いなく目を丸くさせるに違いない。
「………ふむ」
差し出されたユリウスの右手に自分のそれを重ねると、シエラは静かに目を閉じた。
パァッ…!
青白い光が、彼女の紋章から溢れ出す。
その玲瓏な光は二人の手を優しく包み込み、纏わり付いていた赤黒い闇を霧散していく。
ユリウスは、ひんやりとした、それでいてどこか温かい光の渦に全てを委ねるようにして、無意識のうちに瞼を閉じたのだった。
その玲瓏な光は二人の手を優しく包み込み、纏わり付いていた赤黒い闇を霧散していく。
ユリウスは、ひんやりとした、それでいてどこか温かい光の渦に全てを委ねるようにして、無意識のうちに瞼を閉じたのだった。
やがて。
フゥ、とシエラが満足そうに息をついた。
「―――…これでしばらくは大人しくなるじゃろう」
「ありがとうございます。なんとお礼を言えばよいのか……」
「そのじゃじゃ馬を黙らせることなど、わらわにとっては造作もないこと。礼など必要ない」
「じ、じゃじゃ馬……」
「……しかし、そうじゃのぅ…」
品定めするように妖艶な笑みを浮かべて、シエラがユリウスの首の辺りを眺める。
「あの…?」
「どうしてもと言うのであれば、血を少し戴くのも悪くはないの。おんしの血は美味そうじゃ」
「血……です、か?」
聞こえてきた単語に、思わず顔を引き攣らせると。
「冗談じゃ。おんしにそんなことをしようものなら、“そやつの先代”がやかましそうじゃからの」
「え?」
今、何て―――?
尋ねるより早く、シエラは大きな欠伸をして、近くの木の根本に座り込んでしまった。
「わらわは眠い。少し休ませてもらうぞえ」
そう言うなり、目を閉じて眠りに入ろうとする彼女に、ユリウスははて、と首を傾けた。
「そういえばシエラ殿。貴女は太陽の光が苦手で、昼間はいつも部屋に篭もって眠っていると聞きましたが……。今日は何故ここへ?」
「………」
ユリウスの問いに、彼女は半目だけ開いて、しばらく逡巡していたが。
「わらわは眠い。少し休ませてもらうぞえ」
そう言うなり、目を閉じて眠りに入ろうとする彼女に、ユリウスははて、と首を傾けた。
「そういえばシエラ殿。貴女は太陽の光が苦手で、昼間はいつも部屋に篭もって眠っていると聞きましたが……。今日は何故ここへ?」
「………」
ユリウスの問いに、彼女は半目だけ開いて、しばらく逡巡していたが。
「………あれだけ闇が騒いでおっては、静かになど眠れぬわ」
そうぽつりと呟き、少しだけ決まりが悪そうに顔を背けた。
そんな彼女に、ユリウスは堪えきれなくなって小さく噴き出す。
「シエラ殿に心配していただけるとは、光栄です」
「何をたわけたことを」
「隣に座ってもいいですか?」
「……勝手にせい」
その答えにくすっと笑みを零し、「失礼します」と一言告げて、シエラの隣に腰を下ろす。
そんな彼女に、ユリウスは堪えきれなくなって小さく噴き出す。
「シエラ殿に心配していただけるとは、光栄です」
「何をたわけたことを」
「隣に座ってもいいですか?」
「……勝手にせい」
その答えにくすっと笑みを零し、「失礼します」と一言告げて、シエラの隣に腰を下ろす。
ぽかぽかと暖かな日差しが、二人に優しく降り注ぐ。頭上の空を、鳥が気持ちよさそうに羽ばたいていく。
先程まで、暗鬱とした闇が取り巻いていたのが嘘のように、それはとても穏やかな時間だった。
先程まで、暗鬱とした闇が取り巻いていたのが嘘のように、それはとても穏やかな時間だった。
「………なんだか、不思議です」
「何がじゃ?」
「シエラ殿の隣は、何故だかとても落ち着きます。先程の青い光に包まれている時も、ひどく心地がよかった。まるで母の胸に抱かれているように……」
「口説き文句としては、赤点じゃな」
「ふふ、すみません」
厳しい駄目出しなど気にも留めずに、にこにこと人懐こい笑みを浮かべていると。
今度はシエラが面倒くさそうに口を開いた。
「わらわの『月』も、おんしの『生と死』も、同じ『やみ』に属する紋章じゃ。27ある同胞たちの中でも、最も近しき存在であると言える。そのためであろう」
「そうか。だから『夜』の化身である星辰剣とも気が合うのかな」
「フン、わらわはあやつは好かぬ!いつも人を年寄り扱いする、無粋な輩じゃ!」
何を思い出したのか、シエラが彼の剣に対する罵詈雑言を次々に吐き出し始める。
それに小さく笑うと、ユリウスは後ろ手を地面に付き、ふと空を仰いだ。
「………でも」
「?」
「星辰剣とは確かに気が合いますが、今のような安らぎを感じたことはありません。きっとこれは、隣にいるのがシエラ殿だからこそでしょう」
「どういう意味じゃ?」
「『生と死』も『夜』も、暗い闇の中を彷徨うだけ。でもシエラ殿の『月』は違う。闇を白く切り裂き、そこに属する僕らを照らしてくれる存在です。だからこそ、その光に焦がれ、身を寄せたくなるのだと思います」
満面の笑顔と共に向けられた真摯な瞳は、嘘偽りのない輝きを帯びていて。
「………」
シエラはそれを、瞬きもせずに見つめていた。
「何がじゃ?」
「シエラ殿の隣は、何故だかとても落ち着きます。先程の青い光に包まれている時も、ひどく心地がよかった。まるで母の胸に抱かれているように……」
「口説き文句としては、赤点じゃな」
「ふふ、すみません」
厳しい駄目出しなど気にも留めずに、にこにこと人懐こい笑みを浮かべていると。
今度はシエラが面倒くさそうに口を開いた。
「わらわの『月』も、おんしの『生と死』も、同じ『やみ』に属する紋章じゃ。27ある同胞たちの中でも、最も近しき存在であると言える。そのためであろう」
「そうか。だから『夜』の化身である星辰剣とも気が合うのかな」
「フン、わらわはあやつは好かぬ!いつも人を年寄り扱いする、無粋な輩じゃ!」
何を思い出したのか、シエラが彼の剣に対する罵詈雑言を次々に吐き出し始める。
それに小さく笑うと、ユリウスは後ろ手を地面に付き、ふと空を仰いだ。
「………でも」
「?」
「星辰剣とは確かに気が合いますが、今のような安らぎを感じたことはありません。きっとこれは、隣にいるのがシエラ殿だからこそでしょう」
「どういう意味じゃ?」
「『生と死』も『夜』も、暗い闇の中を彷徨うだけ。でもシエラ殿の『月』は違う。闇を白く切り裂き、そこに属する僕らを照らしてくれる存在です。だからこそ、その光に焦がれ、身を寄せたくなるのだと思います」
満面の笑顔と共に向けられた真摯な瞳は、嘘偽りのない輝きを帯びていて。
「………」
シエラはそれを、瞬きもせずに見つめていた。
この少年は、なんと純粋なのだろうか。アレを宿すには、あまりにも…――――
「シエラ殿?」
何故か動かなくなってしまった彼女を、ユリウスがきょとんとしながら覗き込む―――と。
「わっ…!?」
突然両腕を払われ、唯一支えていた柱が倒れたことで、体は簡単に地面へと仰向けに倒れ込んでしまった。
ユリウスは、不思議そうに隣に座る彼女を見上げた。
すると。
何故か動かなくなってしまった彼女を、ユリウスがきょとんとしながら覗き込む―――と。
「わっ…!?」
突然両腕を払われ、唯一支えていた柱が倒れたことで、体は簡単に地面へと仰向けに倒れ込んでしまった。
ユリウスは、不思議そうに隣に座る彼女を見上げた。
すると。
「おんしも寝ていないのであろう?」
どこか優しげな眼差しで、シエラは笑っていた。
「ぇ……あ、いえ」
「何、遠慮することはない。おんしも付き合え、坊」
そう言いながら、楽しげに自分も寝転がる。
そんなシエラにユリウスはしばらく呆然としていたが、やがて穏やかに微笑むと、「おやすみなさい」とだけ言って目を閉じた。
「何、遠慮することはない。おんしも付き合え、坊」
そう言いながら、楽しげに自分も寝転がる。
そんなシエラにユリウスはしばらく呆然としていたが、やがて穏やかに微笑むと、「おやすみなさい」とだけ言って目を閉じた。
程なくして。
隣からスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
普段の彼ならば、他人の傍で無防備に眠ることなど有り得ない。
それがどうだ。今シエラの隣で眠るユリウスの顔は、まるで揺り籠に揺られている赤子のように安らかだった。
「………この少年に紋章を手渡すのは、さぞや心苦しいことであったじゃろうに」
ここにはいない誰かに語りかけるように、シエラが低く呟くと。
その声に答えるようにして、風が小さく、悲しげな唸りを上げたのだった。
† END †