幻想水滸伝
黄昏の邂逅
 
 
 
 
「いたいのじゃ…………あにうえぇ~………」
「だいじょうぶ?」
 思わず大好きな兄を呼んで泣きそうになった時だった。
 漆黒の髪と瞳が印象的な同い年くらいの少年が、地面に座り込むリムスレーアに声をかけた。
「足……いたいの?」
「へ、へいきなのじゃっ!これはその、すこしつかれたから、すわっておっただけでの!」
「どうぞ」
「へ?」
 懸命に強がっていると、少年が膝を折って自らの背中を差し出した。おぶされ、ということらしい。
「お、お、おぬしっ!なにをしておる!そんなことをされずとも、わらわならだいじょうぶじゃ!」
「いいから乗って。いたいのにむりしたらだめだよ」
「~っ」
 少年の真摯な瞳に気圧され、リムスレーアはおずおずと彼の背中に跨る。
「よいしょ」
 かけ声と共に立ち上がると、少年はリムスレーアを優しくおぶさり直した。
「家はどっち?」
 肩越しに振り返った少年に、「た、太陽宮のちかくなのじゃ」と答えた。
「お城のほうなら、さっき父さ…父上と見にいったばかりだからわかりそうだ」
「……おぬし、ソルファレナの者ではないのか?」
「うん。赤月帝国からきたんだよ。父上にむりを言ってつれてきてもらったんだ」
 歳不相応な言葉づかいで言いながら、よたよたと歩き出す。背も体格もほとんど同じくらいの少年が、自分一人を背負うのは大変だろうに。
 なんだか申し訳なくなって、リムスレーアは眉を下げた。
 ―――すると。
「君、あったかいね」
「え?」
「せなかがぬくぬくして、すごくあったかいや」
 まるで見透かしたようなタイミングで、少年がにこりと笑う。そんな彼に、リムスレーアはしばし呆然として。
 やがて少年の背中にそっと額を寄せた。
「………うむ。わらわもとても……あったかいのじゃ……」
 

 
 

「ここまででだいじょうぶなのじゃ」
「え、でも……家までおくるよ?」
「よ、よいのじゃ!ほれっ、足ももうこのとおりピンピンしておる」
 少年の背中から降りて、足を軽々と持ち上げてみせる。まさか太陽宮の中まで送ってもらうわけにはいかない。
「ほんにおぬしのおかげで助かった。かたじけないの」
「ううん。ぼくもたのしかったし」
「わらわにはこれくらいしか礼ができんが……う、うけとってくれぬか?」
 そう言って懐から取り出したのは、さっき兄と市場で買った林檎だ。みずみずしい表面が、夕日を浴びていっそう綺麗な赤みを帯びている。
 こんなものしか渡せない自分を悔しく思いつつ少年に林檎を差し出すと、彼はリムスレーアの手から嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとう」
 その笑顔に心が満たされるような心地がして、リムスレーアは自分も満面の笑顔を返した。
「どういたしまして、なのじゃ」
「それじゃあ、家まで気をつけてね」
「うむ、おぬしもな!」
 茜色に染まった街中へ走り去る彼の背中を、いつまでも目で追い続けて。
 とうとう彼の背中が見えなくなり、ふぅっと小さく息を吐き出した時だった。
「――リム!?」
「兄上!!」
「よかった!太陽宮の方に戻ってきてたんだね。心配したんだよ」
 ぎゅっ、と抱きしめてきた兄の呼吸は少しだけ乱れていて。今まで必死に自分のことを探してくれていたのだと分かる。
 リムスレーアは顔を俯けた。
「………すまぬ」
「無事だったんだからもういいよ。僕の方こそはぐれてしまってごめんね」
「兄上はわるくないのじゃ!」
 ぶんぶんと大きく首を振ると、兄が自嘲気味に微笑んだのが見えた。
「だけど、今までどこに行ってたの?」
「足をくじいてうごけずにいたところを、しんせつな者がここまでおぶってきてくれての!」
「親切な者って?」
「うむ。わらわと同い年くらいのこどもでな、……………あ」
「どうしたの、リム?」
「わらわとしたことが!なまえを聞くのをわすれてしまったのじゃ…!」
 重大な事実に気づき、リムスレーアがショックを受けたように頭を抱えていると。
「いつかまた会えた時に聞けばいいさ」
 兄がふわりとリムスレーアを抱き上げる。
「………会えるじゃろうか?」
「リムが諦めなければね。それに、リムの恩人なら僕も会ってみたいし」
「兄上……」
「さ、帰ろうか」
「はいなのじゃ!」
 互いに笑い合って、兄妹は太陽宮へと足を向けた。
 少年との再びの邂逅に想いを馳せながら。
 

 
 

「父さん!」
「――…ユリウス。無事に帰ったか」
「はい、ただいまもどりました!」
 元気よく胸に飛び込んできた息子を、屈強な男が穏やかな目をして出迎える。
「どうだ、街は楽しかったか?」
「はい!」
 満面の笑顔で答えたその手には、真っ赤な林檎が握られていて。
「それはどうしたのだ?」
「さっきまでいっしょにいた女の子がくれたんです」
「そうか……」
 嬉しそうに林檎を胸に抱いた息子に、男は自分まで嬉しくなった。久しぶりに子供らしく笑うところを見たな、などと感慨深く思いながら、小さな頭を優しく撫でる。
「それでは帰るか」
「はい」
 歩き出す父の背中を追いかけようとして。
 少年ことユリウスは、丸々とした林檎に一口だけかじりついた。
 それは少しだけ、甘酸っぱい味がした。
 
 
 
  END