「赤字です」
 麗らかな朝の日差しが降り注ぐ、デュナン城の執務室。
 そこに据えられた軍主の机の前で、眉間に皺を寄せた新同盟軍正軍師が閻魔の如く宣告した。
 
 
 
 
幻想水滸伝
の舞踏曲 
 
 
 
 
「――ってな訳で、朝っぱらからシュウさんの小言を聞かされました~…」
「それは大変だったね。ご苦労様」
 賑わいを見せるレストランの一角で、軍主――カナタは辟易したようにテーブルに顎を乗せた。
 その向かいで、一人の少年が苦笑しながらハムエッグを口に入れる。
 若草色のバンダナに紅い胴着。椅子に立て掛けられた黒塗りの棍。物腰穏やかなその少年の名は、ユリウス・マクドール。隣国トランの英雄にして、先の解放戦争の立役者だ。
「だいたい、ボクにお金の話をされても困りますよ。どうしろって言うんですか。軍主自ら働いてお金を稼げとでも?」 
 ウィンナーを乱暴にフォークで刺しながら、ここにはいない正軍師に皮肉めいたことを言う。
「…まぁ、軍資金の問題はどうにも仕方のないことなんだろうね。マッシュもよく頭を抱えてた」
「はぁ…。どこかにお金をいっぱいくれる人、いないかなぁ……」
 再びテーブルに突っ伏して、何やら物騒なことを呟く。
 そんなカナタに、ユリウスは困ったように笑みを浮かべるしかなかった。

 大国ハイランドと戦う新同盟軍。
 若干16歳の少年を軍主とするそれは、今やジョウストン都市同盟国を始め、マチルダの赤青騎士団、果ては隣国トランの部隊までをも率いた強大な勢力に発展していた。
 しかし人が増えれば増えるほど、戦争が長引けば長引くほど、軍の金庫は寂しくなっていくもので。最近、城の至る所で『節約!節水!』の張り紙を見かけるとは思っていたが、まさかこんなにも早く赤字の宣告を下されるとは。
 朝の鬼のようなシュウの顔を思い出し、カナタはうんざりした様子で息を一つ吐き出した。
「……こうなったらもうユリウスさんの強運に頼るしか」
「?」
「いざ賭博場へ!ちんちろりんで一稼ぎですっ!」
「え、ちょっとカナタ…っ!」
「―――あれ~? 朝から二人揃って何やってんだ?」
 強引に腕を引いてユリウスを立たせたカナタの前に、快活に笑う茶金髪の青年が現れた。
「シーナこそ。朝からウェイトレスでもナンパしに来たの?」
「お前な……他に言う事はないのか、このっ」
 シーナがユリウスの首に腕を回し、ぐりぐりと頭を撫で回した。腕の中の彼は、可笑しそうに笑ってされるがままになっている。
 歳が近いこともあり、この二人は解放軍時代から仲が良かったらしい。
 解放軍の元リーダーにこんな大それた事ができるのも、彼とビクトールくらいのものだろう。
「それで?何の話してたんだよ」
「実は…―――」
 ユリウスを腕の中に拘束したまま、シーナが問う。
 カナタは僅かに肩を落としつつ、事の詳細を説明し始めた。
 
 
 
 
「なるほどな。そういう事なら、とっておきの話があるぜ」
「え!?」
「手っ取り早く大金を手に入れる方法。しかも今日中に」
「何か知ってるの?シーナ」 
 解放されたユリウスが、バンダナを直しながら首を傾けた。カナタに至っては餌がもらえる子犬のように、期待に目を輝かせている。
「酒場のエレナちゃんから聞いた話なんだけどさ、今日サウスウィンドウ市で武闘大会が開かれるらしいぜ」
「「武闘大会??」」
 二人の英雄の声が綺麗に重なる。
「と言っても、どっかの金持ちが道楽で主催したものだから、規模は小さいだろうけどな。その上宣伝もしてなくて、あんまり知れ渡ってない」
「道楽って?」
「……大方、同盟軍とハイランドとの戦争で、戦いというものに軽薄な興味を抱いたどこかの富豪が、観戦目的に催したんだろう。戦場に赴けないまま燻っている者や、己の実力を試したいと奮起している者たちを集めて。優勝した強者は、この軍にスカウトされるかもしれない…とでも煽り文句を付けてね」
「さっすがユリウス。まったくもってビンゴだ」
 カナタの疑問に答えたユリウスに、シーナが人差し指を向ける。
「………本当に、大した道楽がいたものだよ」
 声音を一段低くして、ユリウスが呟く。その漆黒の瞳に、ギラギラと強い光を宿らせて。
 カナタにも何か煮えたぎるものがあったが、ふと別の疑問が頭をよぎる。
「でも、それがどうして大金を手に入れる話になるんですか?」
「優勝賞金だよ」
「優勝賞金?」
「あぁ。優勝した者には何と! 1千万ポッチの賞金が与えられるっていうぜ!」
「「1千万ポッチぃ~っ!!?」」
 またしても見事に声が重なる二人。
「そんなお金があるなら、ウチに寄付して欲しいですよっ!」
「いや、それは……」
「なっ、すげぇだろ?これに出ない手はないぜ!」
「シュウさんもボクを叱る暇があったら、そーゆーお金持ちを――」
「カナタ、落ち着いて…」
「お前らなら絶対優勝間違いなしだって!」
 憤慨する新同盟軍軍主に、それを宥めるトランの英雄に、握り拳を作るトラン大統領の息子。
 レストラン内でこれほど目立つ集団は、他に無かった。
 
  
 
 
 デュナン城から南東へ下ったところにある、サウスウィンドウ市。その前身はデュナン湖周辺を治め栄華を極めたデュナン共和国であり、歴史も古く威厳漂う都市だ。交易が盛んで、道を行く観光客も多い。
 その郊外の豪邸前。綺麗に整備された広い庭には、簡易な石造りの闘技場。
 周囲では大会に参加すると思われる屈強な男たちが、肩慣らしなど始めている。
「――で? 何で俺まで連れてこられなきゃならないんだ!?」
「え~? いいじゃない! 楽しそうだし!!」
 そんな中、人目も憚らず声を張り上げている青年と少女がいた。
 新同盟軍・弓兵隊長のフリックと、軍主カナタの義姉・ナナミである。

 武闘大会に行くことを決めたところまではよかったのだが、その途中で運悪くナナミに見つかり、三人は彼女の同伴を無理やり承諾させられることになってしまったのだ。
 せっかくだからと、酒場にいた傭兵隊の二人も誘ってみたのだが。
 ビクトールは上手く逃げおおせ、一足遅かったフリックが保護者代わりに連れてこられた次第である。
「とにかくっ! 俺は出ないからな!」
「却下です」
「却下って……ぅおいっ、カナタ!!」
「私も出たーいっ!カナタも出るよね!?」
「当然っ!」
 やる気満々の姉弟と、彼らに振り回されっ放しの青い男。
 その横で、シーナは隣に立つ少年に目を向けた。
「ユリウス、お前はどうするんだ?」
「ん、僕は――」
「もちろんマクドールさんも出るよね!?ねっ!!」
 ナナミがずずいっと顔を近づけてくる。
 その勢いに少々気圧されながらも、ユリウスは小さく頷いてみせた。
「あのなぁ! 俺たちは同盟軍の人間なんだぞ?こんなところで目立ったら大問題だろ!?」
「じゃあ偽名を使えば問題ないですね」
「あぁ、まぁ…って、違うっ!!特にカナタ。お前は外見の特徴を一般人にさえ知られてるんだ!万が一の事があったら、俺がシュウに――」 
「大丈夫だよフリック。万が一の事なんて、僕が絶対にさせない」
「ユリウス……」
「むしろ彼らを止める事の方が難しいと思うよ?」
「…へ?」
 片眉を下げたユリウスが指さす方向を見やる。そこには嬉々として大会の受付に向かうカナタとナナミの姿があった。
 そんな二人に、フリックが盛大に溜息をついたのは言うまでもない。
 
 
 
 
 しばらくして、二人が戻ってきた。しかし先程とは正反対に、肩をがっくり落とし、とぼとぼと歩いてくる。
「おいおい、どうしたんだ?」
 シーナが怪訝そうに首を傾げる。
「それが…………20歳以上の人しか参加できないみたいなんです」
「ひっどいのよ!!人の事子供扱いしてっ!『私はれっきとしたレディよ』って言っても、まるで無視なんだからっ!!」
 落胆するカナタと、ひたすらぷんすか怒っているナナミ。
 参加できないとあっては仕方がない。どうやらこの件は、これでお開きになりそうだ。
 ほっと安堵し、フリックは踵を返そうとする…―――――が。
「どこに行くんですか? もうすぐ試合、始まりますよ」
「…………は?」
 後ろから降りかかった声に、聞き間違いかと問い返す。
「参加できるのは、『20歳以上の人』って言ったでしょう? ユリウスさんは20歳、フリックさんは27歳。バッチリじゃないですか」
「まさかお前……」
「はいっ!あとはお二人に託しました!……あ。相手を気絶させたり、場外に落としたりすれば勝ちだそうです。それから紋章の使用と殺人は御法度。これがルールです。それじゃ、応援してますから頑張って下さいねっ!」
 惜しみなく向けられた両手のガッツポーズと満面の笑顔に、フリックは眩暈を覚える。
 そっとユリウスの方に顔を向けると、こちらに気づいた彼が困ったように笑うのが見えた。
「…あぁそうだ。ちなみに、ちゃんと偽名を使いましたからね」
「へぇ。どんな?」
 シーナが面白くて堪らないといった様子で尋ねる。
「えっと~……ユリウスさんが名前から取って『ユーリ』で、フリックさんが青雷になぞらえて『ブルーサンダー』です」
「馬鹿かっ!!『ブルーサンダー』なんて人の名前としておかしいだろ!!」
 思わず声を張り上げて掴みかかったフリックに、しかしカナタは飄々として、
「え~? でも受付の人は『格好いい名前ですね』って褒めてくれましたよ?」
 と言って、にぱっと笑い返した。
 ――こいつはある意味、ユリウス以上の大物リーダーかもしれない。
 そう身に染みて感じた、青雷のフリック27歳の夏であった。
 
 
 
 
『さぁ~お待たせ致しました!!サウスウィンドウ市が誇る大貴族、ゴーマン・ケネスが贈ります、熱く激しい武闘大会の始まりですっ!!』
 一貴族の娯楽ゆえに大して観客も集まらない中、やたらテンションの高い実況の声が鳴り響いた。
『それでは早速参りましょう!!1回戦・第1試合っ!
  東――自慢の拳は神の雷っ!ギンジョー選手!!』
「うっしゃあっ!!」
 頑健で筋肉質な男が、両指に嵌めた鉄ナックルをガチンと鳴らす。
『西――何やら全身青ずくめの剣士、ブルーサンダー選手!!』
「………青ずくめとか言うな」
 重い足取りでフリックが武台に上がる。
「ブルーサンダーせんせ~!!頑張ってね~っ!!」
「ナナミ。グリンヒルで使った偽名の事、まだ覚えてたんだ」
「もっちろん!!だってフリックさんは、私たちの保護者で先生だもんっ!」
「フリックが………先生?」
「マジかよ」
 ニューリーフ学院での思い出話で盛り上がり始める姉弟と、意外そうに目を瞬かせるユリウスと、吹き出して大笑いするシーナ。
 その様子を横目で見て「あいつら応援する気あるのかよっ」と内心毒づきながら、フリックは剣を構えた。
『―――…始めッ!!』
 ゴワワァンと重苦しい銅鑼の音が、辺りの空気を大きく震わせた。
「うおおぉっ!!」
 開始早々、ギンジョーが間を置くことなく、両腕の拳を突き出してくる。
 上、下、右、左、正面。
 あらゆる方向から繰り出される連続攻撃に、少ない観客は息を呑んだ。
「このっ!せい!てやっ!」
 ―――しかし。
 どんなに速く、どんなに多く攻撃を繰り返しても、その拳は空を切るだけ。当のフリックには一発も届いていなかった。
 彼は全く無駄のない動作で、全ての攻撃を難なく躱している。
「でぇいっ!!」
 腕中の力を込めた渾身の一撃。
 真正面から物凄い勢いで迫ってきたそれを、フリックは身を屈めることで回避した。
 そして目にも止まらぬ速さで剣の柄をギンジョーの顎目がけて振り上げる。
 
  ドゴオッ!!
 
 強かに顎が打ちつけられる鈍い音。
 ギンジョーの体は宙を泳ぎ、豪快に地面に倒れ込んだ。
『――勝者、ブルーサンダー選手っ!!』
 彼自慢の鉄ナックルは、フリックの体どころか服にすら一つの傷も付けられないまま、こうして呆気なく崩れ去ったのである。
 

 

『これより、1回戦・第4試合を始めますっ!!
 東――この怪力は誰にも破られる事はない!力自慢の破戒僧、ガンテツ選手!!』
「フン、どこからでもかかってくるがいい」
『西――その小柄な体躯からはいかなる技が繰り出されるのかっ!これでも20歳だというのだから驚きです! 謎の美少年、ユーリ選手!!』
「………」
 愛用の棍を携え、ユリウスが前に出る。
 途端、観客たちの間でざわめきが起こった。
『……皆さん、すでにお気づきの事でしょう。――御覧下さい! 両選手のこの体格差を!
 ガンテツ選手はまさに豪腕豪傑!!破戒僧という肩書きが相応しい、強面の男です!
 しかし一方のユーリ選手。屈強揃いのこの大会で、彼のような華奢な体はあまりにも不相応!!実力ある猛者たちにとって、彼の相手をする事は、赤子と腕相撲をするよりも容易であるに違いありませんっ!!』
「ちょっとちょっと!!さっきから失礼な事ばっかり言わないでよねっ!そんな事言ってるとぉ、あとで腰抜かすほど驚くんだからーっ!!」
「そうだぜ~、吠え面かいても知らねぇぞぉ~」
「ナ、ナナミっ、ひとまず落ち着け!それにシーナも!カナタ、お前からも何か――」
「ユリウ…じゃなかった、ユーリさんっ! そんな奴ボッコボコにして、『ぎゃふん』と言わせちゃって下さいねっ!」
「おいおい……何だかお前、キャラ変わってないか…?」
 フリックは何やら胃に穴が開く思いがした。
「あれは身内か」
「えぇ、まぁ」
 やや呆れ気味のガンテツに、ユリウスは棍を右肩に担いで、控えめに微笑んだ。
「……一つ、つまらぬ事を聞いても構わぬか?」
「何でしょう?」
 およそ本人たちにしか聞こえないであろう静かな声で、ガンテツが口を開く。彼にしては実に珍しい行動だ。
 ユリウスも微笑を絶やさぬまま、問い返した。
「お主、本当に『ユーリ』という名か?」
「…それはどういった意味で?」
「いや、特に深い意味はない。ただ……以前ワシがいたクロン寺の僧侶が、『トランの英雄』の話をしていたのを耳にしたことがある。その特徴に、お主がよく当てはまるものだと思ってな」
「……そうですか。しかしそれは単なる思い過ごしでしょう。一人の人間に似通った者など、世には大勢存在しますから」
「むぅ…まぁそうだな。すまない、試合前に余計な話をした」
「いえ」
「――…いざ、勝負っ!!」
『第4試合…―――始めッ!!』
 
   ゴワワァァンッ!!
 
「ハアァー――ッ!!」
 銅鑼が鳴るなり飛び出したのは、ガンテツだった。
 ユリウスの身長の倍近くもある棍棒を、まっすぐ平行に突きつけて突進してくる。しかもその速さは、かの巨体からは考えられないほどに素早いものであった。
 一方のユリウスは顔色一つ変えず、全く動こうとしない。鬼神の如き勢いで敵が迫ってきているというのに。
「もらったァッ!!」
 ガンテツが口の端を上げ、容赦なく腕を前に突き出した。
 
  ブンッ!!
 
 瞬間、ユリウスが地を蹴る。
 その小さな体は軽々と宙を浮き。
 棍を持たない左手をガンテツの肩に置くと、そのまま一回転して彼の背後に降り立つ。
 そして―――――
 
  トンッ
 
「ゔぉっ!?」
 大して強くもない衝撃に、背中を突かれ。
 
  どさり…
 
 ―――開始から僅か5秒。
 まだ銅鑼の余韻が残る今この時。
 ガンテツの巨体は、武台外の芝生の上に落ちてしまっていた。
『…………じょ、場外』
 しん、と水を打ったように静まり返る闘技場に、実況の間の抜けた声が流れた。
 次に遅れて観客の大歓声、拍手喝采。まるで止まっていた時が動き出したかのような、そんな感覚。
 ただ一人、場外に放り出されたガンテツだけが、状況の理解に頭がついていかず、放心して座り込んだままだった。
『――…一瞬!まさに一瞬でありますっ!!あぁ、この興奮を何と表現したら良いのでしょう!?いいえ、わたくし只今言葉を見失っております!!とと、とにかくユーリ選手、文句なしの大勝利ですっ!!』
 ワアァッ!とまたも大きな歓声が上がる。
 ユリウスは小さく一息ついてから、ゆっくりと武台を降りた。そんな彼をカナタとナナミが飛びかかって出迎える。
 フリックとシーナは「ま、当然だろうな」と顔を見合わせて苦笑してしまった。
 

 

 あとに続く試合でも。
 ユリウスはその持ち前の瞬発力と身軽さで、順調に勝ち進んでいった。相手が間合いに入る事を許さず、また自らも相手を気絶させる事はせずに。彼の速さに翻弄され、気づけばガンテツのように場外に出てしまう選手たち。赤子のように弄ばれてしまったのは、どうやらユリウスではなく彼らの方だったようだ。
 また、フリックも危なげなく勝利を収めていた。彼の風を切るような剣技に、降参を申し出る選手も少なくはなかった。
 今や武闘大会は、ユリウスとフリック――二人の独壇場になってしまっていた。
 
 
 
 
「あー……まさかこんな展開になるとは。全く考えてなかっただろカナタ」
「そう言うシーナさんだって」
「わぁ~っ!!どっちが勝つんだろうね!!?」 
「「ナナミ……」」
 ナナミ以外の二人が、どこか神妙な面持ちで見つめる先。
 そこには、バンダナに巻きつけた装飾紐をきつく結び直すユリウスと、青いマントを靡かせ愛剣に手をやるフリックの姿があった。
『……いよいよこの時がやって参りました。わたくし早くも武者震いがしております。おー待たせ致しましたぁ!!準決勝・第2試合の始まりでありますっ!!』
 今日一番の大歓声が闘技場中を包み込む。
 気のせいか、大会開始の時よりも観客の数が多いようだ。おそらく噂を聞いて駆けつけた者が大勢いるのだろう。
『今大会一番の好敵手同士の闘いとなる事間違いなしっ!実力は互いに未知数!!どちらが勝つのか皆目見当もつきません!!
 まずは東――その軽やかな身のこなしは、まさに天狗の化身と言えるでしょう!!まるで舞いを踊るかのような華麗さで、強者どもを奈落の底に突き落として参りましたっ!ご存知、ユーリ選手っ!!』
「あ、はは……」
 自らの紹介に、ユリウスはもはや乾いた笑いしかできないようである。
『そして西――彼の剣が描く軌跡は、とどまる事を知らない彗星のよう!!ユーリ選手に負けず劣らずの機敏さで、立ちはだかる者をばったばったと薙ぎ倒してきた青い剣士っ! ブルーサンダー選手っ!!』
「…青いは余計だってのっ」
 フリックが実況席に鋭い視線を送る。

 解放軍時代からの戦友であり、互いの良き理解者でもある二人。
 ――“闇”を纏う紋章を右手に宿す、『トランの英雄』と謳われたユリウス。
 ――“雷”の如く戦場を駆け抜け、『青雷』の名を轟かせたフリック。
 今、両者の闘いの火蓋が切って落とされようとしていた。

「なぁ、どっちが勝つか賭けてみようぜ。ちなみに俺はユリウスな」
「ボクだって当然ユリウスさんですよ!」
「はいはーい!私もマクドールさんに1票~っ!!」
「って、それじゃ賭けにならねぇだろ」
 仲間同士の闘いを前に、暢気にも賭けなどしている三人。しかも今のところ、ユリウスが一番人気のようだ――というかフリックは0票――。
「あいつら~っ、人の事何だと思って――」
「ねぇ」
「ん?」
 シーナたちから視線を移し、対峙するユリウスを見る。するとどこか楽しそうに笑う彼と目が合った。
「こうしてフリックと手合わせするの、久しぶりだよね」
「あぁ、そういえば。3年ぶりか?」
「………本気でいっても?」
「………愚問だな」
 不敵に光る漆黒の瞳と、挑戦的な蒼色の瞳。  
『それでは――――…試合開始ッ!!!』
 
  ゴワワァァンッッ!!
  バッ…――――ガキンッ!!
 
 開始と同時に走り出す両者。
 離れていた距離は瞬時に縮まり、武台の中央で棍と剣が重なり合った。
 力と力のぶつかり合い。ビリビリと空気が小刻みに震える。
「ハッ!」
 ユリウスが棍を振るい、フリックの剣を薙ぎ払う。
 そしてすぐさま突きを入れた…――――いや、入れたと思われた。
 しかし棍の先にフリックの姿はなく。気づけば自分の顔のすぐ真横で、キラリと光る一つの剣閃。
「くっ…!」
 迫る刃を咄嗟に棍で受け止める。
 そこに生じた一瞬の隙を逃す事なく、フリックは半回転して横薙ぎを入れた。剣が半月の軌跡を描く。
  だがユリウスは、その攻撃を読んでいた。
  得意の瞬発力で自らの体をフリックの横に滑らせ、剣が届かない場所まで移動する。
  フリックが振り向くと、間合いを取ったユリウスが棍を構え直すのが見えた。フリックもまた剣を強く握り締める。
 
  ダッ!!
 
 ユリウスが先程よりも更に速さを上げて向かってくる。
  ――速いっ!!
  そう思うより先に、少年の姿が消えた。
「ッ!!」
 
  ――…ギイィンッ!!
 
 上段から振り下ろされた一撃を、頭上間近に構えた剣で受け止める。
 ユリウスはあの一瞬で跳躍し、フリックに飛びかかってきたのだ。小柄な体でも全体重をかければ、重力も加わり相当な力となる。
 重い攻撃に押されつつも、フリックはその力を逆に利用し、剣をユリウスの体ごと押し返した。
「ッ!?」
 振り飛ばされたユリウスは、体勢を崩しそうになるも地面に手をつき、バク転して見事に着地する。
 ―――ここまで、たった十数秒の攻防。
 今や闘技場全体が静寂に包まれ、誰一人として声どころか音も立てない。彼らは唾を呑むことすら忘れてしまっているようだ。
「――さすがだね。この3年で、また腕を上げたんじゃない?フリック」
「お前こそ。3年も現役から離れてたってのに、全く鈍ってないんだな」
 嬉しそうに笑い合う二人。その顔は闘いの中のそれではなく、まるで世間話でもしているかのように清々しいものであった。
 しかし次の瞬間。スッとユリウスの表情から柔らかさが消える。
「………いくよ」
「………あぁ」
 そうしてまた、激しい打ち合いが始まる。

 無音の世界で唯一響く、棍と剣がぶつかり合う金属音。
 高く、強く、美しく。
 それはまさに一つの音楽のようで。
 その中で闘い合う二人の、何と典雅なこと。
 身が裂けるほどに張りつめ、僅かな迷いも許されないほど緊迫した闘いだというのに。
 そこに集った人々は、まるで踊りを見ているかのような錯覚に捕らわれていた。 

「…すごい……すごいよ!二人ともすごいっ!!ね、カナタ!!」
「うん、本当に。――…特にユリウスさん。あんな風に闘ってる姿、今まで見た事なかった……」
 普段の彼は、少ない動きで確実に相手を仕留めるような卓越した闘いぶりで。今のように激しく攻撃と防御を繰り返し、自分の持ち得る全ての力を前面に引き出した闘い方は決してしない。
 今まで『静』のユリウスしか見た事がなかったカナタは、初めて見る『動』のユリウスに驚きを隠せなかった。ぞくぞくと身の毛がよだつと共に、胸が熱く高鳴るのを感じる。
「それは今闘ってる相手が、フリックだからだぜ」
「え?」
「フリックほどに実力のある相手だから、ユリウスも本気で闘り合えるんだ」
 さすが『青雷のフリック』の異名は、伊達ではないという事か。
 武台の上の二人から、ふと自分の右手に視線を落とす。
 ――もっと、もっと自分も強くなりたい、彼らのように。
 カナタはぐっと拳を握り締めた。

  ―――…ガキンッ!!
 
 長い間続いていた攻防が、大きな音を上げて一時の終末を告げる。試合開始の時と同様、棍と剣がぶつかり合い、ユリウスとフリックの視線が火花を散らした。
「だいぶ人が集まってきちゃったね。あまり目立ちたくはないし……そろそろ終わりにしようか」
「…そうだな」
 フリックが言い終えると同時に、互いの武器が弾かれる。
「うおぉっ!!」
 フリックの全身全霊を懸けた連撃。その攻撃に隙はなく、ユリウスはただ棍でそれを受け流すだけで、反撃に出る事は敵わなかった。
 力では圧倒的に有利なフリックが、徐々にユリウスを武台の端に追いつめていく。
 そしてついに…―――――
「ハァッ!!」
「…ッ!!?」
 ユリウスの手から棍が離れた。それは宙を舞い、カランと音を立てて地面に転がる。
 フリックの口元に笑みが浮かぶ。
「これで…―――終わりだッ!!」
 剣を大きく振りかぶり、獲物を失ったユリウス目がけて薙ぎ払う。
 ――――だが、そこにはこの上なく不敵に笑った少年の姿。
「それはどうか…――なっ!!」
「な゙ッ…!!?」
 瞬時に身を屈め、右手を軸に体を回転させて鋭い足払いを入れる。
 剣を振り終えた体勢だったフリックは抵抗も出来ず、派手な音を立てて地面に仰向けに倒れ込んだ。
「くそ…っ、―――ッッ!!?」
 慌てて身を起こし、剣を握り直すフリック。しかしその首筋には、ビタリと棍の先が突きつけられていた。
 首を動かす事もままならず、目だけを横に動かしてそこに立つ人物を見やると――――
「僕の勝ち」
 にっこりと、誰もが惹かれる満面の笑顔がそこにあった。

『………しょ、勝者!! ユーリ選手―――ッッ!!!』
 
 地面が震えるほどの大歓声。
 激闘を制したユリウスはもちろん、惜しくも敗れたフリックにもかけられる歓喜の声。
 二人の闘いに魅了された観客たちは、彼らが武台を降りた後も途絶える事なく拍手を送り続けていた。
 

 

 その20分後。
 人々の興奮が冷めぬうちに、決勝戦が行われた。結果は言うまでもなくユリウスの圧勝である。
 彼は疲れた様子を微塵も見せず、3分とかからずに決着をつけてしまったのだ。
 「先程の準決勝が実質的な決勝だった」という、相手選手にしてみれば屈辱的な実況の言葉に、誰もが迷わず頷いたのであった。
 
 
 
 
『これより表彰式を行います。優勝者のユーリ選手は、武台に上がって下さい!』
「わ、わ、表彰式だって!すごいねっ!!」
「もらうモノもらって、早いとこ帰るぞ」
「さ、ユリウスさんっ!」
「うん…」
 ユリウスがどこか躊躇うように頬を掻いた。
「どうしたんだよユリウス? 早く行けって。1千万ポッチは目の前だぞ!」
「そう、だね。…じゃあ行ってくるよ」
 そう言って武台に向かう彼の表情は、心なしか厳しいもので。とてもこれから表彰を受ける者のそれではない。
 シーナは眉根を寄せる。
『ここで大会主催者、ゴーマン・ケネスの登場であります!!今日一日の熱闘の数々、特等席で鑑 賞していた彼の目にはどのように映っていたのでしょう!?』
 実況の紹介と共に、一人の中年男性が前に出た。
 しっかり固められた白髪交じりの髪と口髭、横に広い大きな太鼓腹。両手の指には色とりどりの指輪や装飾品。底意地の悪そうな顔は、見る者に例外なく不快感を与えそうだ。
 「ユーリといったか。お前の闘い、楽しませてもらったぞ」
 ゴーマンは目の前にやって来たユリウスを見下ろして、満足そうに髭を撫でた。
「あの闘いは1千万ポッチなどでは足りないな。何か他に欲しいものはあるか? 何でもいい、言ってみろ。儂が直々にくれてやる」
 ガハハと下品に笑い、尊大な態度で問う。
「馬鹿かあの男。ユリウスが不当な申し出をする訳ないだろう」
「そうですよ。ユリウスさんは絶対にそんな事しません」
「あのおっさん、国王気取りかよ。何か腹立つな」
「うんうん、感じわる~い」
 武台の下でそれぞれ悪態を吐く四人。他の観客も彼らと同じような顔をしていた。
「…………それでは、一つだけお聞きしたい事が」
「「え?」」
 ユリウスのその彼らしからぬ発言に、驚いたのはカナタたちだった。
 一方のゴーマンはますます狡猾な笑みを深め、「何だ?」と尋ねる。
「―――…あなたは、『戦争』というものをどのようにお考えですか?」
「は?」
 今度はゴーマンが大口を開ける番だった。
「何を寝ぼけた事を……」
「教えて頂きたい」
「…ふんっ」
 摘んでいた髭を引っ張り、嘲るように鼻を鳴らす。
「簡単な事だ。土地や権力を得る為に、兵士が競って争い合う。強い者は地位や名声を手に入れ、弱い者は命を落とす。――勝った者が全てを手に入れる。それが戦争だ」
「………『弱肉強食』、という訳ですか」
「あぁその通りだ。お前もそう思っているのだろう?それほどの実力があれば、戦争で名誉を築き上げる事など造作もないはずだからな。
 ! …そうだ。いっそこのままハイランドとの戦争に参戦してみてはどうだ?この大会の優勝者であるお前が活躍すれば、儂も鼻が高――」
「――お言葉ですが」
 切って捨てるような冷たい響きに、ゴーマンは思わず口を噤む。
「僕はあなたの意見に賛同する事はできません。何故なら『弱肉強食』などという言葉は、己の強さや権力に溺れた者の言う、ただの傲慢に過ぎないからです」
「何だとっ!!?」
 ゴーマンが顔を真っ赤にさせて声を荒げた。その顔からは今にも蒸気が噴き出しそうだ。
 だがユリウスは飄々として、構わず続ける。
「……確かに、戦場において実力のある者は大きな戦力となり、自然と実績も伴う事でしょう。そして戦いに参加できない市井の人々は、いつ訪れるかも分からない死の恐怖に日々怯えている」
「ほら見ろっ! やはり――」
「―――ですが。本当に強い者の頭の中には、地位や名声といった言葉は存在しません。彼らは生と死の狭間で、必死に死力を尽くしているからです。ほんの一瞬後には、自分も命を落とすかもしれない。そのように緊迫した状況下で、欲望など思い浮かべられるでしょうか」
 視線を上げ、臆することなく相手の目を覗き込む。
 少年の有無を言わさぬ真摯な眼差しに、ゴーマンは得体の知れない恐怖を覚えた。それでもなお強気であり続けようとする姿勢は、もはや立派と言うべきだろうか。
「あなたは……いつ誰を傷つけてしまうかわからない恐怖を、知っているのですか?」
 これまでとは少し違った声の響き。
 刹那、その瞳の向こう側に見た事もない色が宿る。次に瞬きをした後には、もうその影は残っていなかったが。
「傷つけるのは、何も敵だけではない。時には仲間も、家族も、…親友でさえも、その命を奪ってしまいかねないんだ」
「「………」」
 僅かに細められた双眸と、強い感情の籠もった声。
 フリックとシーナは、複雑な思いでその言葉に耳を傾けていた。

 先の戦争でユリウスが失ったものはあまりにも多い。
 一つ、また一つと失われていく度、彼から笑顔と涙が消えていった。
 心も体もボロボロで、いつ倒れてもおかしくないほど疲弊しているはずなのに。
 本当は思い切り大声で、泣きたくて堪らないはずなのに。
 彼は決してそれをしなかった。
 自分たちの前では弱音を吐かない、泣かない、嘆かない。
 ただ貼りつけたような笑みを見せるだけ。
 そんな彼に、自分たちは何もしてやれない。
 その事を、フリックたちはいつも歯痒く思っていた。

 ユリウスが更に言葉を紡いでいく。
「勝った者が全てを手に入れる?――そんな事、決してありはしない。戦争で得られるものなど、何もないのですよ。もしあるとすれば、それは悲しみの連鎖だ」
「…………だったら聞くが」
 先程よりいくらか大人しくなったゴーマンが、言葉を挟む。
 ユリウスはその先を目で促した。
「それならば何故戦う? 軍の連中が好き好んで争いを起こしているとでも言うのか?」
 答えられまいと言わんばかりに向けられる、小さな嘲笑。
 しかしユリウスは凛然たる態度で、それを風の如く受け流した。

「―――ただ失わない為に戦うんです。少なくとも…―――僕らはね」

 毅然として言い放った言葉に、迷いはない。
 ユリウスの漆黒の瞳が、強い輝きを放つ。その姿は、3年前、戦場の先頭に立っていた時のそれと全く同じであった。
 目を白黒させるゴーマンに、ユリウスは自嘲気味に微笑んだ。
「僕はこれを言う為にここへ来ました。そして、あなたと目の前で会えるのは優勝者だけだと聞いたから、こうして勝ち進んできたんです」
 そこまで言うと、彼の為に用意された金縁の箱にちらりと目をやる。
「――…ですから、優勝賞金は要りません」
「なっ!何言ってるんだ。それじゃここに来た意味がないだろう!?」
「そ、そうだよぉ!せっかく勝ったのに!」
「……やれやれ。またアイツの悪い癖が出たか」
 シーナがぼやく隣で、フリックとナナミの二人が武台に上がろうとする。しかしその行く手は、カナタによって阻まれた。
「カナタ? お前どうして――」
 眉を顰めたフリックをそのままに、カナタはこちらに目を向けるユリウスに力強く頷いてみせた。すると彼も、ふわりと表情を和らげる。
 そして情けなくも子供のように座り込んでしまったゴーマンに、もう一度向き直った。
「それでは、僕はこれで。失礼します」
 小さく会釈をし、くるりと踵を返す。その先には、彼を出迎えるカナタたちの姿。
「………ま、待て!!」
 ぴくりと肩を震わせて、ユリウスが足を止める。
「お前た―――…い、いや。あなた方は、ま、まさか同盟軍の…?」
 慌てて言葉を繕い直すが、その科白は最後まで音を発する事なく呑み込まれてしまう。

 しばらくの間の後、その問いに落ち着いた動作で振り返ったのは。
 何とも表現のし難い、鋭くそれでいて凛とした、透明な微笑みだった。
 
 
 
 
 数日後。
 デュナン城に、3千万ポッチもの大金が届けられた。
 差出人は不明。添えられたカードには、ただ『軍資金にお役立て下さい』とだけ。
 正軍師シュウは訝しそうにしていたが、軍主カナタには思うところがあるようで。明日の朝議で、金の使い道を幹部の間で話し合う事にしたらしい。
 

 

 ―――これは後日聞いた話だが。
 あの武闘大会が行われた日の夕刻、サウスウィンドウ市の某貴族の豪邸に一部の市民たちが押し寄せ、暴動を起こしたらしい。
 何でも彼らは、バンダナの少年の言葉に強い感銘を受けたのだとか。「このような大会を開く金があるのなら、一刻も早く戦争が終わるように、同盟軍に軍資金を寄付したらどうだ」とは、彼らの言葉。
 その日の夜。
 自室で鼻を啜りながら金勘定する豪邸の主人が目撃されたというのは、あくまで噂ではあるが。

 兎にも角にも、同盟軍の赤字危機は、こうして難を逃れたのであった。
 
 
 
END