女性は「生命力の根源」男は「種子」
世界においては「他宗教他宗派は人ではない」としてる
仏教は「人は皆違う」を大命題にしているが、日蓮宗や信徒獲得の為、やんわりと「排他主義」が顔を出す。
性別が違うと人じゃないの?
なんで男が偉いに決まってる?
人種が、肌の色が違うと人じゃないの?
民族が違うと人じゃないの?
宗教が違うと人じゃないの?
貧富が違うと人と認めないの?
職業が違うと人と認めないの?
学歴が違うと人と認めないの?
皆が「オンリーワン」
礼儀は必要
しかし「差別、蔑視、マウント」するなら礼儀は不要。
人は皆違う。
【第一章】女性は「生命力の根源」
女性は大いなる大地
女性は深淵なる海
女性は「生命力の根源」
女性は「素敵な存在」
昼の「生」の女神は木々を育む光でもある
夜の「死」の女神は生命を再生させる「母なる大地の神」でもある。
また「必ず(でありたい)帰ってくる場所」でもある
五穀豊饒の神が悪魔?なんてほざく「オヤジブログNo.1の新米社長」なる稚拙な奴もいますが
ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も悪魔を認めていないし、一神教の神の信者に「悪者はいない」の考えです。
キリスト教が布教の為、各地の少数宗教と折り合いをつける手段として「神の考えを汚す者が悪魔」と位置づけただけ。
ユダヤ教なんて「ユダヤ教徒は全員善人」だって♫
世界を不安に落とし入れる悪魔がユダヤ教徒なのにね
【第二章】男は「種」
対して
「男」は「種子」
ぐんぐん伸びる樹木
しかし樹木も、大地が無ければ干からびるだけ
「一人で何でもできる」?
生まれてくる事すら出来ないのに?
一人で大きくなったとでも?
女性は大いなる大地
昼の生の女神は木々を育てる光でもある
女性の優しき想いに包まれて、男は育つ
また「男が必ず帰るべき場所」でもある。
何となく⋯
大事でしょ👍
【第三章】大半の男って何故かマウント?
昔から「なぜ男性優位?お互いに対等ではダメ?」とハテナ満載でした。
しかし、そんな素晴らしき女性もいつの間にか・・・
「追従」?「諦め」になっている
「旧約聖書」から始まる「女性蔑視」「男性優位」がこの世をねじ曲げてしまった
理由は執筆者が「男性陣」だった為。
「女性は男性の一本の肋骨から誕生した」?
意味不明な戯言
ただ男は「畏れおおい女性達」をマウントしたかっただけじゃないですか?
人なんて、何だかんだ結構「単純」なもんです。
弱き者ほど「マウント」したがる
白人の方々が黒人の方々を蔑視するように
貧富の差で蔑視するように
LGBTQで蔑視するように
人は何かと「アラ探し」をしてマウントを取りたがる。
男の意味不明な虚像の為のマウントなんて、見透かされてるのに⋯⋯⋯
男性もあなたの大事な「母神」を優しくハグしようよ👍
あなたの大切なパートナーを⋯
そして母を
【第四章】男と女、仲良き事が幸せ哉
男女はお互いの長所短所を話し合い、認め合い、譲り合い、助け合う。
それが一番大事。
死ぬ前に男性が悔やむ事は
「仕事をもっとやってれば⋯⋯⋯」なんて後悔する方なんていない。
「愛する人との時間を十分に取らなかったこと」
や
「自分が本当に大切にしたいことを優先しなかったこと」
です。
日頃から「家事育児」を分担して「夫婦二人のゆっくりした時間」が増えた方が良くない?ってのが「正解」かも知れないです。
女性をもっと愛おしく愛する方が良くない?
提案?
諫言?
ちょっと頭の片隅にでも⋯
【第五章】人は違和感あるなら「間違い」と言おう♫
「常識を疑え」とは「自然に従う」ということだ
自然に思うこと⋯それが「意志」
他人の物を奪おうとしないだけでなく
自分のモノも奪わせない
人の無意識の中には「自然」が宿る
人の意識の中には「常識、宗教、思想⋯」がついて回る
意識と無意識の間には、その「常識、宗教、思想⋯しがらみ」がついて回る
常識の違和感を気づかないか、気づかないふりをしてただ鵜呑みにして従うのか
それが「常識人」のようです
常識ってものは幸せにしてくれない。
人は皆違うのだから・・・
「見張り台」である誰かの私欲の押し付けだから
【第六章】女性は「無になる時間」が大好き♫
女性は「無になる時間」を求める。
ランニングをする時
ヨガをする時
エステをする時
様々な「無の時間」を求める。
つねにフラットな立ち位置を求める。
自分の命をかけて産んだ「子」を守るために・・・
これから生まれてくるであろう「子」のために・・・
【第七章】神様って「女神」の方がしっくり
日本の「八百万の神々」も最高神である太陽神「天照大御神」は女神です。
そして月、穀物の神もまた女神である。
地球上のものは「自然神」なる「女神」により生かされているのでは無いでしょうか?
女性神である太陽神を中心に、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も仏教も神道も皆「共存」すりゃいいじゃんwww
人は皆違う。
違いを認め、マウントするの止めようよ👍
【第八章】死してもなお「母なる大地」
仏教で言う初七日から七七日の意味をお話いたします。
一部深い仏教的なお話ですが、皆様方の葬儀法要のマナーの由来の話としてお聞き下さい。
皆様が葬儀法要に出席される際、香典袋に「御霊前」「御佛前」どちらを書くのか迷われる方々をも多いとお聞きしております。
これはお亡くなりになって、七七日まで「この世とあの世の狭間」を旅しながら修行を重ね、七日毎の修行の審判を受け、七七日の最後の審判を以て輪廻転生「また次の世の命を授かる」とされています。
なので七七日までは「御霊前」七七日以降は御佛前となります。
この「7」と言う数字は「生命の誕生」に関わる重要な数字として「完全で不足のない数字」と説かれております。
人は十月十日、280日
鶏は21日
「7の倍数」により生命は誕生しております。
なので7日を7回繰り返す事により「また新たな生命を授かる」
仏様のお腹の中で育ち、晴れて「七七日」満中陰法要として行われるわけです。
死してもまた「母なる大地」である
【第九章】そりゃ怖気づく人もいるでしょ
ネットで「母性」を検索すると、女性でも「わたし母性がないのかもしれない」という悩み相談や苦悩の記述も見つかります
「母性」をジェンダーに結びつけてしまうのは短絡的で危険なのかもしれません
ジェンダーなのかもしれません。
ただ推測するに、「産み育てる」喜びより
「産み育てる」怖さが勝るのかもしれません。
だって「おままごと」ではないんです。
「生命を産み育てる」訳ですから
自分に与えられた役目に怖気づく方も中にはいるのでは?
「流れのままに」「想いのままに」「気の向くままに