(この日の日記の前編である 2008.9.25 「父と贈り物と私」編「昼食と勉強会」編 併せてどうぞ音譜

4限の授業には遅刻して入りました。
ついた先は1166教室。

狭い教室に人居すぎダウン
スタンディングオベーションならぬ
スィッティングオベーションしましたね~汗
(そんな用語はない。)

授業で机がないと講義に集中できないし
今日はタイトスカートだから座りづらかったショック!

まぁ遅れてきた私がいけないから
そんなことはどうでもよしグッド!

人文学系の学問に関心がある私にとっては
文化論の話を聞くのは楽しかったラブラブ

でも、掻い摘んで話してって言われると
上手く説明できん。。。
というのも、この講義をする教授の話が
まわりくどいというか、あちらこちらへ飛ぶというか・・・
予測不可能な用語や単語を使い、
学生さんの脳みそは軽くショートしたというお話です。

多分廻りのひとたちも「?」って感じで聞いてたと思うけど。

たぶん、経営学部の学生と文化論の教授では
価値観が違うから、わかりにくいんだろうな。

私は基本的に空想が好きだし
この学部にこなければ、
人文学系の学部に入りたいと思ってた。

もともと牧歌的なものが好きで、
「文学」といったら「叙情できるもの」
という風に思い込んでいて
おもしろそう!だと思ったから。

まぁ今にしたら
何の学問でも「歴史」や「背景」を知って
客観的な視点で論じなければ
学問とはいえないから
その発想は変なんですけど。

そんなことないかな?

まぁいいや。

笑。

まぁ
打算的に考えて、この学部に決めて
新しい価値観を自分に植え込むことができているんだから
良い兆候だということにしておきます 合格

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よし。次。本題パー


遅れて入ったので、講義の冒頭の導入部分は聴き逃した。
おそらくポイントは以下の2点だろう。
(そういうことにしておくw)

 ①文化と文明の違い
 ②ラテンとは


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①文化と文明の違い
●文化(culture)
人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術・学問・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容を含む。文明とほぼ道義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活に関わるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明とは区別する。⇔自然。

●文明(civilization)都市化。
(ア)生産手段の発達によって生活水準が上がり、人権尊重と機会均等などの原則が認められている社会、すなわち近代社会の状態。
(イ)宗教・道徳・学芸などの精神的所産としての狭義の文化に対し、人間の技術的・物質的所産
(以上、広辞苑より引用)
・・・という風に、書いてありますだ。

2つの言葉は
ほぼ同義に用いられることが多いが、
文化(論)<文明(論)
ということが出来る、と。

ほう。

確かに、古代エジプトでパピルスなんていう技術的な発展、
すなわち文明が起こらなければ、
書文化において和紙を使って恋文を書く
なーんていう習慣は生まれませぬ。

ラブレターってさ、夜に書いて朝に見ると
自分の饒舌さと台詞のクサさに愕然とするよね…



このような文化と文明の関係性を
説明したところで満足したので
次にすすみまする。

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②ラテンとは
ラテン
ラテン人
めんどくさいからリンクしてまえ。。

ラテンってどこの地域なのかイマイチわかんない。。
イタリア半島中部のラティウム地方(ローマを中心とした地域、現イタリア・ラツィオ州)ってことでいいのかなぁ?資料を読んでも理解できん orz
学習支援室で詳しい人に聞くかね。
はい、次いきましょう。(投げやり)

第二次産業革命で先進国になった
日本、ドイツ、アメリカは「文化」に重きを置いているが、
第一次産業革命で一躍先進国になった欧州の国では
「文明」に重きをおくらしい。

詳述すると、
例えばドイツにおいては
「文化を大切にする」ということは
「進歩を強調すること」である。
したがって
発明などを非常に重視する傾向にある。

なるほど。
何もないところから生まれた「文明」と
文明から派生的に生まれた「文化」とでは
重要視する視点が異なるというわけだ。

かつての後進国の話をしたので、
今度はかつての先進国の話をしよう。

何もなかった頃に、何かを生み出す作業というのは
もともとあるものから何かを生み出すことより
はるかに労力がいることである。
創造は模倣よりも力がいる。
もっともなことだ。
そういう意味で、
第一次先進国のプライドというのか
かつての先進諸国は
後進国が「文化」と重視するのに対し、
「文明」に重きを置く。

講義内で文化論者は
「オルタナティブ」と言う言葉を使った。

そういや、はるか昔、英単語であったよな・・・
なんだっけ?代替案・・・?とかなんとか。。

と思っているところへ

「代替案とか、二者択一という意味なんだけども・・・」

と教授は言ったが、

この用語を深く説明することはせず、

次の話題へ写ってしまったあせる

広辞苑によると、

文化論的なオルタナティブ(alternative)は
既存の支配的なものに対する、もう一つのもの。
特に、産業社会に対抗する人間と共生型の社会を目指す生活様式・思想・運動など。


下線を引いたもののことを言う。

確かに代案です、先生。
でも説明がないと、わからないよ~あせる

要するに、
オルタナティブとは脱近代主義(post-modern)に対応するもの。
建築に始まり、芸術一般やファッション・思想の領域で、近代主義を超えようとする傾向。ポスト・モダニズム。脱近代

そういうと、
今度は近代主義(modernism)が気になったので、
ここに記しておく。(同様に広辞苑より抜粋。)
1)最新の趣味や流行を追う傾向。現代好み。
2)哲学・美術・文学で、伝統主義に対立して、常に新しさを求める進歩主義的傾向の総称。文学・芸術上では現代文学・芸術とほぼ同義。現代主義。近代主義。

なるほど、
こちらは、まさしく現代の日本を表すような言葉である。
流行のサイクルが早く、この国に住む人間に「新しい物好きでしょ?」と言わんばかりの言葉だ。

つまり、教授の言わんとすることは
後発後進国は、文明がなく、模倣することで国力を上げた。
文化に重きを置いている、と上述した。
近代主義という言葉が指し示すように、後発後進国の国々は
「現実世界において勝利すること、すなわち
この資本主義世界のなかで勝利すること」に重きを置いている、
まさしくそのことを指しているということだ。

教授の回りくどい説明をそのまま引用させていただくと

「2,3年前、六本木で仕事があり、
エレベーターで若い六本木族と乗り合わせた。
かわいいお姉ちゃんたちを連れた男たちは
夜景の見渡せる高速エレベーターの中で
『俺たち、“勝ち組”だよな』と言った。
オレはぶん殴ってやりたいと思った。がははは。」

―六本木族ってヒルズ族のことか。
―なんか惜しいゾ、教授。。

そのうら若いヒルズ族が「勝ち組」と言ったことに腹が立ったのか、
はたまた可愛いお姉ちゃんたちをつれていたから腹が立ったのか、
いまいちそれは定かではないが
おそらく、私の目の前にいるこの文学論者は
資本主義のこの世界で偶然に乗り合わせたヒルズ族に
財布の大きさで負けていることに“敗北感”を覚えただろうことは確かである。

まぁ

ライブドアVS日本放送 とか 球団買収とかで盛り上がった頃、
デイトレードをしている人は多かったし、
やっと日本の経営も変わるのでは・・・と期待された時期でもあった。

(細かい話をすると、この時期の私は妙なインカレに入り、
鼻息の荒い青年たちと酒を飲んだこともあった。
ちなみに、2、3回顔を出す程度であの妙な空気に疲れ、
結局幽霊部員になった。
今思うと、あれは抜け出しておいて正解だったと本気で思う。
下手に株式なんて売りつけられても迷惑なだけだからな・・・
おぉ怖い怖い、人生紙一重で何があるかわかんないね)

ここでその文化論者が言いたいことは
ヒルズ族の言う「勝ち組」というのは
あくまでゲームの中(つまり、資本主義制度の中)での
勝ち組の中にいる、といいたいことである。

なるほど、確かに
米国のような拝金主義は
EUにはない・・・のかも?
(厳密に言うと、英国のシティなんてバリバリの金融街なんすけど…
とツッコミどころは満載だがここでは言及しない 笑)

サブプライムの問題であるとか
その昔のエンロン事件であるとか
あれは米国経営のおわりの始まりなのかもしれん。

(とかなんとか言っちゃって~w
発言に責任は取りませんゆえ、あなかしこ謎)

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文化と文明の違いをわかりにくく解説した後、
浮世離れした文学論者は
「勝ち組」の言葉に拘泥し、
お次は「命」という言葉を繰り出してきた。

・・・

次は、ラテン文化と日本文化の違いについて
述べたものだと思われる。
(説明する際に、断りがないので話についていくのに必死。。)

日本では毎年自殺者が3万人超と深刻な問題と化している。

このことについて、
日本人はなぜよく死ぬのかを研究テーマに据えている
文化論者がいるらしい。

その研究者によると、キリスト教から見て、
日本人の自殺者数は尋常ではなく(確かにそうだが。)
安易に死の道を選ぶのは“卑怯”なことに映るという。

(そういえば、キリスト教は自殺した人間に対しては
葬式をあげないとか聞いたことがある)

そこで、この文化論者は
“命”という言葉が
日本においては
とても軽く使われているということを指摘した。

どういうことかというと、
キリスト教圏においては軽々しく
「生命をかける」という言葉は
使用しない。
使用するのは決闘するときだけだという。
(まるで西部劇の世界だな。。)

日本でいう「命をかけて仕事をする」
という表現は、
西洋においては「神に誓って」
という表現になるらしい。

要するに“命”という言葉の意味合いが
日本と西洋では、
同じことを指しながら
まったく重みが異なるということを
指している。

・・・

確かに、私自身も日本での自殺者数は
深刻な問題であると思うし、
こんなに物質的に豊かな国でありながら
自ら命を落とす人がいるのは
なんとも心苦しい。

この話が上述の話とどう相関するか
わからないが、
日本は「恥」の文化だと聞いたことがある。

↓その文献はこちら。
菊と刀
講談社学術文庫から出てます。
ルース・ベネディクトさんの本。
ちなみに、背景は小生のPCです。
このマシンの型古いっ


“恥の文化”というくらいだから
恥ずかしいことをするくらいなら死んだ方がいい
という思想があるということだ。

戦前の日本人はなんて
自分に厳しいんだろうと思う。
時代が時代で天皇が神だと思われていた時代ならでは
というか、
健気というか真面目というか
現代とは違う思想を持っていたんだなぁと思う。

だけれども
その「恥」の文化が
現代の日本人のベースにもなっていて
自殺者数が3万人超にもなる、と見ることもできるのかもしれない。

もっとも、団塊世代より上の世代に言わせれば
「甘ちゃんだ」と一蹴されるに留まるんだろうけど。

・・・

話がややこしくなってしまったが、
ここまでの講義を一旦まとめると
教授は学生に
西洋と日本の文化の違いを考えさせることが狙いであって、

①文化と文明の違い においては、
第一次産業革命期の先進国と第二次産業革命期の後発先進国では
前者が文明に重きを置いていること
後者が文化に重きをおいていることを指摘した。

②ラテンとは については
日本文化と西洋文化の違いから「命」という言葉を用いて解説した。
(ラテンそのものについては言及しておらず、あくまで導入と捉えてよいだろう、たぶんw)

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

ここまでこの日の講義が終了すれば
話がわかりやすかったんだけど
まぁ
話がまわりくどいもんだから
調べるのとまとめるのに時間だけ食った気がしないでもない(笑)

えぇと

ここまででも十分長い日記ですが、
今後のテスト対策も含めて(?)
(―結局自己満なんだけど)

2008.9.25 「ラテン文化論~結局何が言いたいんですか?~」後編 に続きます~ヽ(゚◇゚ )ノ