近頃
気が付いたら踊っている。
何年ぶりだろう。
踊ることがもの凄く大切なのに
ごく自然に踊ることは無くなっていた。
マーケットで買い物の途中
ちょっと好きな音楽を聴いて身体が自然に動いた。
次女はこんなことに躊躇しない性格で
一緒に踊った。
「ママェ、マーケットだよ」
ちょっと周りを見て誰もいないのを確かめて
二人で大袈裟に踊りながらカートを押した。
こんなこと何年ぶりだろう。。。
私はごく幼いころか踊ることが大好きだったが
本格的に踊ることを学び始めたのは35の時。
随分長い間、35から踊り始めたと思っていた。
その矛盾に気が付いたのはごく数年前だ。
踊り始めたのは5歳位だと。。。
踊るためにテクニックを学び始め
そのことに夢中になったが
それとともに
私の未熟さばかり感じるようになった。
出来ることよりも
出来ないことが重要になった。
正直言って
私が舞台で踊っても人他人から賛辞されるようなことはあまり無かったと思う。
むしろ下手くそな日本語で語るこのブロブのほうが
人の心を感じる。
踊ることによって感情を伝えたかったのに
一生懸命頑張ったのに。。
もちろん昔にはまったく無理だったこともできるようになったが
ある意味では
自由を失ったと感じる。
何があったか分からないが
この頃自然に身体がうごくようになったのは嬉しい。
自分の踊りを見つけたいことはここ数年拙劣に感じていたことだが
突然蘇った。
ここ数か月の出来事だ。
思えば(たぶん)大切だったことが昨年の暮れからあった。
仲たがいしていた母と仲直りし
私という人間が初めて認められたと感じたこと。
徹底的に身体を鍛えたいと思い
酒を減らし前にもないほど鍛え始めたこと。
自然に踊ることが出来ないと感じた時
漠然とした絶望を感じていた。
いくらレッスンに励んでも
いくら一生懸命になっても
何も知らないで踊っていた頃の同じ様な喜びを感じない。
あの頃は踊ることにとてつもない幸せを感じていたはずなのに
テクニックを覚え始めてからは
まるで踊る権利が無いように感じていた。
まだまだ
幸せを感じる権利を得るまで
まだまだ。。。。
あのね
まう待てないんだ。
一体何歳まで踊れるか。。。
これから数年が勝負だと感じる。
踊りで芸術的に何かを達成したい。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
私の右手の小指は曲がっている。
おまけに曲がった2関節には小さな腫瘍がある。
生まれつきのもので
生まれた時、
医者が母に
「取りますか」と訊いたらしい。
「可哀想だからいいです」
と残された腫瘍。。。
私の右手の小指が左手に比べて以上に短いときがついたのは5歳位だったと思う。
ある日お風呂で母に言った。
「ママ、私の小指短いよね」
湯船の母は大袈裟に喜び
こう言った。
「有名な作家の00さんもね(名前は思い出せません)貴方のようにね、小指が短いんだよ。もしかして貴方も作家になるかも。。。」
嬉しかったと覚えてる。
上機嫌で喜ぶ母の湯船で赤く染まった頬。
優しいときは大好きな母だった。
もしかしてこうブログを書き続けることは
あの湯船に戻り続けることかも知れない。
作家にはなれなかったけれど。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
踊っていると知った母は
「昔の貴方には考えられないねー」と言った。
いつか
母を感動させられるような踊りができるかな。
いまだに
湯船のふやけた小指を見つめる私がここにいる。