
あるとき、ある人が旅をしていて、偶然楽園に入った。
さて、インドの楽園の概念では、願いをかなえてくれる木がある。ただその下に坐って、なにかを望むと、すぐにそれがかなえられる..欲望と成就の間に隙間はない。
その人は疲れていたので、この願いをかなえてくれる木の下で寝込んでしまった。
目が覚めると、彼はとても腹が減っていたので、こう言った。
「とてもおなかがすいている。どこかで食べるものが手に入るといいのだが」
すると突然、どこからともなく食べ物が現れた..まさに空中に浮いていた。
すばらしい食べ物だ。
彼はとても腹が減っていたので、それがどこから来たのか、あまり気にかけなかった..
腹が減っていると、あなたは哲学的ではなくなる。
彼はすぐに食べ始めた。
それに食べ物は非常においしかった……。
そして飢えが去ってしまうと、彼はまわりを見回した。
もう彼は満足していた。彼のなかで別の考えが起きてきた。
「なにか飲むものが手に入りさえすれば……」
いまでも楽園にはどのような禁止項目もない。すぐに上等なワインが現れた。
木陰の、楽園の涼しい風のなかで、くつろいでワインを飲みながら、
彼は不思議な気がしてきた。
「いったいどうしたのだろう? どうなっているのだろう? 私は夢を見ているのだろうか、それとも私に悪戯をしている幽霊がこのあたりにいるのだろうか?」
すると幽霊が現れた。
しかも彼らは凶暴で、恐ろしく、吐き気を催させた。
彼は震え出した。そしてある考えが彼のなかに起きてきた。
「もう、私はまちがいなく殺される……」
そして、彼は殺された。
。。。。。。。。。。。。。。。
この小話の教訓は。。。
天国(楽園)も
この世界でも
望んだことは
必ず実現する。
天国とこの世界の違いは。。。
天国では望んだ瞬間に叶えられるが
この世界では長い時間が掛かる。
しかし
望むことに気をつけなければならない。
なにを望むか?
責任をもって望まなければならない。。。
。。。。。。。。。。。。
全ての望みは実現するって
どうですか?
私は不思議な体験をすることが時々あります。
なにかが起きて
「ああ、これは随分前に望んだことがあるなー」って。。。
たとえば
おもがけないチャンス。
でも
あまりにも昔のことなので実現したときは
したい事や欲しいことも変わっていて
なんのためにもならないような。。。
インドの小話では
間違ったことを願うと
自分自身に不幸をまねくこともあるし
すくなくても
願うエネルギーの無駄遣いになると言います。
これは確かに感じます。。。
私たちが考えるもの全てあるエネルギーがあり
それがこの世界の全てと繋がっている。。。。
実現した時、何にもならない欲望なら
すくなくてもエネルギーを浪費になっていると思います。
では一体なにを願うのか。。。
私がこの頃、考えることは
あまり具体的なことを願わないこと。
でっかい、プール付きの家に住みたいと願うより
幸せに過ごせる心地良い家に住みたいと
具体的な仕事のチャンスより
充実した毎日を過ごせる仕事がしたいとか
舞台で踊りたいと願うより
踊る事によって私の心を伝えたいとか。。。
。。。。。。。。。。。。
本当に
全ての願いは叶うのでしょうか。。。
私は
殆どが叶うと思います。
ただ
それは自分自身のみ。
他人に対しての願いは無駄です。
たとえば
息子は医者になって欲しい。。。
夫に愛されたい。。。
このようなことは
自分の欲望だけではないので
無理です。
ただ
同じような願いが一致する場合は有効だと。。。
たとえば母親の願い。。。
「この子は幸せになってほしい。。。」
子供自身が望む事と共感してより強いエネルギーになるかも。。。
複雑な願いも無駄になります。
たとえば
「新車が欲しい。。。」
と思っても実は
「人に認とめられたい。。。」
という願いならば
複雑でなかなか叶いません。
どの様な仕組みなのかよく分からないのですが
たとえば
子供の頃
純真な気持で願ったものはほとんど実現しているんですね。
それは私の父も言います。
父は義理のお父さんが第二次世界戦争でグアムなど
トロピカルな島で戦い
帰って来た頃はバナナやココナッツの木のことを聞いて
絶対にトロピカルな所で生きたいと感じたそうです。
実際にリオでバナナやココナッツに囲まれて生活しています。
私は
52にもになって
一生懸命頑張って
周りから尊敬される博士になっても
いまだに迷いつづける人間です。
一体何を願うのか。。。
子供の頃一番願っていたことは
踊る事と
幸せな家族。。。
大人になって
少なくても金銭的な悩みがない生活を願いました。
現在は金銭的なことはまず対応できる生活。。。
(余っているわけではないんですけれど。。。)
長女は割合、安心できるほど逞しくやっているのですが
次女はまだいろいろ心配。。。
胸が潰されるほどの不安も。。。
その度
子供の頃の願いを思い出します。。。
ステキなお母さんになりたい。。。
愛情深いお母さんになりたい。。。
全てを理解するお母さんになりたい。。。
ある意味では
問題が多いほど
あの願いが叶っているかも知れません。
この小話は愛用しているタロットのものです
解釈は。。。。
この逸話は古くからある逸話だ。途方もなく意義深い。あなたのマインドは望みをかなえてくれる木だ..あなたがなにを考えようとも、いずれそれは実現する。ときには、自分がそれを望んだことを完全に忘れてしまうくらいギャップがある。だからあなたはその源につながることができない。だが、深く見守ったら、あなたは自分の思考のすべてが自分と自分の生を創っていることに気づくだろう。
それらがあなたの地獄を創る。それらがあなたの天国を創る。それらがあなたの惨めさを創る。それらがあなたの喜びを創る。それらが否定的なものを創る。それらが肯定的なものを創る……。 ここにいるあらゆる人が魔術師だ。そしてあらゆる人が自分のまわりに魔法の世界を紡ぎ出している……そうして捕まってしまう。蜘蛛そのものが自分の巣で捕らえられている。
あなたを虐待している人は、あなたをおいてほかにいない。そして、一度このことが理解されたら、ものごとは変わり始める。そうなるとあなたは、その向きを変えることができる。自分の地獄を天国に変えることができる。それはただちがった視野からそれを描くという問題にすぎない……。全責任はあなたにある。
そして新しい可能性が起きてくる。あなたは世界を創るのをやめることができるのだ! 天国と地獄を創る必要はない、創る必要はまったくない。創造主はくつろいで、退くことができる。
そして、マインドの引退が、瞑想だ。
引用:オショータッロト
