二輪屋イサミ 局長のブログ -30ページ目

 

前回の続きです。

私らは、「石炭産業科学館」へ、やって来ました。

この「石炭産業科学館」には、20年くらい前に、来た

事があります。

リニューアルされたと聞いていますが、どこが変わった

のか、楽しみです。

 

 

前回、紹介した電車になる前に、活躍した、蒸気機関車が

出迎えてくれます。

 

 

 

今回、時間が、なくて調べられなかったんですが、抗口

から抗口へと、石炭を運ぶための鉄道が走っていた

ようなので、このSLも、その搬送に一役、買っていた

のでしょう。

 

 

坑道に入るための装備品も展示されています。

この重装備で、暗い・・・暑い・・・

大変な重労働だと思います。

生きて行くためには、仕方ないのでしょうが、私には

真似できないような気がします。

 

 

これが、実際の行動の模型ですね。

これは世界遺産登録の「万田坑」のようです。

 

 

私らの住んでいる「旭化成」で作られている「発破」の

火薬も展示されていました。

私も以前、短い期間ですが、採石場で働いていた事が

ありますが、その時には、左下のヤツを使っていた

ような気がします。

 

 

さて、今度は、実際に、坑道に入ってみましょう。

エレベーターで、坑道に降りて行きます・・・

 

 

という設定で、エレベーターが、ガタゴト・・揺れるだけ

で、実際は、エレベーターは移動していません (笑)

「到着しました」というアナウンスが終わると、反対側の

扉が開きます。

よく出来ています。

本当に地底、深く降りて来たような気になります。

 

 

実際の掘削機が展示してあります。

これは、かなり近代になってからの物だろうと思います。

 

 

 

実際に動いている、掘削機も、ありました。

この頃になると、掘削機の後ろにベルトコンベヤが付いていて

掘削するやいなや、石炭はベルトに乗り、後方へ運ばれて行きます

正に、近代化です。

 

実は、まだ写真を、たくさん撮っていたのですが、カメラの操作

ミスで、フォーマットしてしまいました・・・貴重なデータ

だったのに・・・残念・・・(涙)

 

 

いよいよ、調査旅も終盤です。

最後は、「宮浦石炭記念公園」(宮浦抗跡)です。

明治21年、開抗・・・昭和43年、閉抗だそうです。

 

 

ここにも、坑道に入るための、トロッコが保存されて

います。

もちろん、ここも坑道は、埋められていますが・・・

ここも、かなり、写真を撮ったのですが、残念ながら

ありません。

 

 

しかし、貴重な碑を発見しました。

以前、「万田坑」に行った時も、そうなんですが、

作業員の確保は、どうしていたのだろう・・・?

でした。

ボランティアガイドの方に聞いても、答えてくれません

でした。

しかし・・・この碑に、すべてが、書き込んでありました。

何も事情を知らない、素人が興味本意で語る事は

出来ませんが、これは・・・事実ですね。

やっぱり、日本の一大産業は、人命の上に、成り立って

いました。

色々と勉強をさせて貰いました。

ありがとうございました。

 

 

1日では、廻り切れませんでした。

また、時間が出来たら、調査に来たいと思います。