ただの散歩から歴史散策へ その1 | 二輪屋イサミ 局長のブログ

まだまだ、梅雨は、終わりそうにありません。

しかし・・・梅雨の晴れ間は、夏本番のように、暑い!!

という事で、散歩活動は、当然、早朝の涼しい時間に・・・

となります。

名前も変更して!!「朝連}!!

まるで、中学高時代の部活動みたいですね~!!

早朝5時過ぎに起床!! (勝手に目が覚めます)

仏さんのご飯を上げて、5時半くらいに出発します。

 

 

たまには・・・思い、城山(延岡城跡)に登ってみます。

見慣れた景色です。

 

内藤家の墓稜の脇を通り・・・

 

 

内藤の殿さまに、一礼をして・・・

 

 

鐘つき堂のある、頂上へ登ります。

(残念ながら、6時の鐘つきには、間に合いませんでした)

しかし、気持ちの良い朝です。

汗ばんだ、体を冷ややかな風が通り抜けていきます。

 

 

ふと・・・あまり行く事のない、鐘つき堂の下にある道の事が

気になって、行ってみました。

市役所に行く時に、チラチラと見える、石垣がありました

 

 

 説明看板によると、こんな三階櫓があったようです。

見張り塔と言った所でしょうか・・・

 

 

 

それから、こんなのも、ありました。

延岡の偉人の一人、「後藤 勇吉」氏です。

宮崎の農産物を空輸したという偉業も達成しております。

しかし・・・・櫓は、ともかく・・・この「後藤 勇吉」氏の碑は、

もう少し、人目の付く所に建てた方が良かったんでは

ないでしょうかね。

何か・・・ひっそり感が・・・可哀そうな気がします。

 

 

さらに、下の方に下りて行くと、「石御門跡」というのがありました。

そして、その奥に何か、銅像があります。

いったい・・・誰の銅像なのでしょう?

 

 

「仲田又次郎」氏と書いてあります。

この名前に見覚えがあります・・・・・

たしか・・・延岡の初代市長では、なかったかな・・・

しかし・・・これも・・・ひっそり感が・・・

延岡のために、尽力をつくされたはずなんですが・・・

 

歩き廻っている間に、見慣れた城山ではなく、「延岡城」に

見えてきたような気がします。

妄想大爆発です。

スマホの中に、江戸時代の「延岡城」周辺の絵図を入れて

いるのを思い出し・・・

 

 

眺めていると・・・・

城の廻りの内堀は、どうなったんだろう・・・と思い、行って

みる事にしました。

 

 

城の北川に位置するこの場所からです。

現在は城内に入る所に大手門があります。

その入り口の周辺です。

 

 

ありました!!!

NHKの「ブラタモリ」ではないですが、道を作る時に、ワザワザ

曲がった道は作りません。

たいがい、緩やかに曲がった道は、川を埋め立てている・・・

所が多いようです。

この道を西に更に進みます。

 

 

先ほどの絵図の西と南の分岐点です。

やはり、絵図の通りです。

南の路地に入って行きます。

 

 

絵図では、いったん南に進み、それから右斜めに

なっています。

 

 

これですね。若干、形は違うものの・・・

これは、内堀の跡だと思います。

何百年も前の形が、そのまま残っている事の感動を覚えます。

 

 

ちょっと、戻ってみましょう。

上の絵図の真ん中にある、石垣のようなのが書いてありますが・・

 

 

多分、現在の場所で言うと、ここだと思います。

 

 

その東側の内堀は、只今、工事中なんですが

多分、ここ辺りは、埋められているように

思います。

 

 

まだまだ、もう少し、続くのですが、今日は、ここまでです。

歴史に、全く興味のない方・・・非常に、申し訳ありません。

もう少し、お付き合い下さいませ♪